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8月24日

エペソ 3
エペソ 3:1 こういうわけで、あなたがた異《い》邦《ほう》人《じん》のためにキリスト・イエスの《し》囚《ゅう》人《じん》となった私パウロが言《い》います。
エペソ 3:2 あなたがたのためにと私がいただいた、神《かみ》の恵《めぐ》みによる私の務《つと》めについて、あなたがたはすでに聞《き》いたことでしょう。
エペソ 3:3 先《さき》に簡《かん》単《たん》に書《か》いたとおり、この奥《おく》義《ぎ》は、啓《けい》示《じ》によって私に知《し》らされたのです。
エペソ 3:4 それを読《よ》めば、私がキリストの奥《おく》義《ぎ》をどう理《り》解《かい》しているかがよくわかるはずです。
エペソ 3:5 この奥《おく》義《ぎ》は、今《いま》は、御《み》霊《たま》によって、キリストの聖《せい》なる使《し》徒《と》たちと預《よ》言《げん》者《しゃ》たちに啓《けい》示《じ》されていますが、前《まえ》の時《じ》代《だい》には、今《いま》と同《おな》じようには人《ひと》々《びと》に知《し》らされていませんでした。
エペソ 3:6 その奥《おく》義《ぎ》とは、福《ふく》音《いん》により、キリスト・イエスにあって、異《い》邦《ほう》人《じん》もまた共《きょう》同《どう》の相《そう》続《ぞく》者《しゃ》となり、ともに一つのからだに連《つら》なり、ともに約《やく》束《そく》にあずかる者《もの》となるということです。
エペソ 3:7 私は、神《かみ》の力《ちから》の働《はたら》きにより、自《じ》分《ぶん》に与《あた》えられた神《かみ》の恵《めぐ》みの賜《たま》物《もの》によって、この福《ふく》音《いん》に仕《つか》える者《もの》とされました。
エペソ 3:8 すべての聖《せい》徒《と》たちのうちで一《いち》番《ばん》小《ちい》さな私に、この恵《めぐ》みが与《あた》えられたのは、私がキリストの測《はか》りがたい富《とみ》を異《い》邦《ほう》人《じん》に宣《の》べ伝《つた》え、
エペソ 3:9 また、万《ばん》物《ぶつ》を創《そう》造《ぞう》した神《かみ》のうちに世《よ》々《よ》隠《かく》されていた奥《お》義《くぎ》の実《じつ》現《げん》が何《なん》であるかを、明《あき》らかにするためです。
エペソ 3:10 これは、今《いま》、天《てん》にある支《し》配《はい》と権《けん》威《い》とに対《たい》して、《き》教《ょう》会《かい》を通《とお》して、神《かみ》の豊《ゆた》かな知《ち》恵《え》が示《しめ》されるためであって、
エペソ 3:11 私たちの主《しゅ》キリスト・イエスにおいて成《な》し遂《と》げられた神《かみ》の永《えい》遠《えん》のご計《けい》画《かく》によることです。
エペソ 3:12 私たちはこのキリストにあり、キリストを信《しん》じる信《しん》仰《こう》によって大《だい》胆《たん》に確《かく》信《しん》をもって神《かみ》に近《ちか》づくことができるのです。
エペソ 3:13 ですから、私があなたがたのために受《う》けている苦《く》難《なん》のゆえに落《らく》胆《たん》することのないようお願《ねが》いします。私の受《う》けている苦《くる》しみは、そのまま、あなたがたの光《こう》栄《えい》なのです。
エペソ 3:14 こういうわけで、私はひざをかがめて、
エペソ 3:15 天《てん》上《じょう》と地《ち》上《じょう》で家《か》族《ぞく》と呼《よ》ばれるすべてのものの名《な》の元《もと》である父《ちち》の前《まえ》に祈《いの》ります。
エペソ 3:16 どうか父《ちち》が、その栄《えい》光《こう》の豊《ゆた》かさに従《したが》い、御《み》霊《たま》により、力《ちから》をもって、あなたがたの内《うち》なる人《ひと》を強《つよ》くしてくださいますように。
エペソ 3:17 こうしてキリストが、あなたがたの信《しん》仰《こう》によって、あなたがたの心《こころ》のうちに住《す》んでいてくださいますように。また、愛《あい》に根《ね》ざし、愛《あい》に基《き》礎《そ》を置《お》いているあなたがたが、
エペソ 3:18 すべての聖《せい》徒《と》とともに、その広《ひろ》さ、長《なが》さ、高《たか》さ、深《ふか》さがどれほどであるかを理《り》解《かい》する力《ちから》を持《も》つようになり、
エペソ 3:19 人《じん》知《ち》をはるかに越《こ》えたキリストの愛《あい》を知《し》ることができますように。こうして、神《かみ》ご自《じ》身《しん》の満《み》ち満《み》ちたさまにまで、あなたがたが満《み》たされますように。
エペソ 3:20 どうか、私たちのうちに働《はたら》く力《ちから》によって、私たちの願《ねが》うところ、思《おも》うところのすべてを越《こ》えて豊《ゆた》かに施《ほどこ》すことのできる方《かた》に、
エペソ 3:21 教《きょう》会《かい》により、またキリスト・イエスにより、栄《えい》光《こう》が、世《よ》々《よ》にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。

8月25日

エペソ 4
エペソ 4:1 さて、主《しゅ》の囚《しゅう》人《じん》である私はあなたがたに勧《すす》めます。召《め》されたあなたがたは、その召《め》しにふさわしく歩《あゆ》みなさい。
エペソ 4:2 謙《けん》遜《そん》と柔《にゅう》和《わ》の限《かぎ》りを尽《つ》くし、寛《かん》容《よう》を示《しめ》し、愛《あい》をもって互《たが》いに忍《しの》び合《あ》い、
エペソ 4:3 平《へい》和《わ》のきずなで結《むす》ばれて御《み》霊《たま》の一《いっ》致《ち》を熱《ねっ》心《しん》に保《たも》ちなさい。
エペソ 4:4 からだは一つ、御《み》霊《たま》は一つです。あなたがたが召《め》されたとき、召《め》しのもたらした望《のぞ》みが一つであったのと同《おな》じです。
エペソ 4:5 主《しゅ》は一つ、信《しん》仰《こう》は一つ、バプテスマは一つです。
エペソ 4:6 すべてのものの上《うえ》にあり、すべてのものを貫《つらぬ》き、すべてのもののうちにおられる、すべてのものの父《ちち》なる神《かみ》は一つです。
エペソ 4:7 しかし、私たちはひとりひとり、キリストの賜《たま》物《もの》の量《はか》りに従《したが》って恵《めぐ》みを与《あた》えられました。
エペソ 4:8 そこで、こう言《い》われています。「高《たか》い所《ところ》に上《のぼ》られたとき、彼《かれ》は多《おお》くの捕《ほ》虜《りょ》を引《ひ》き連《つ》れ、人《ひと》々《びと》に賜《たま》物《もの》を分《わ》け与《あた》えられた。」
エペソ 4:9 ‐‐この「上《のぼ》られた」ということばは、彼《かれ》がまず地《ち》の低《ひく》い所《ところ》に下《くだ》られた、ということでなくて何《なん》でしょう。
エペソ 4:10 この下《くだ》られた方《かた》自《じ》身《しん》が、すべてのものを満《み》たすために、もろもろの天《てん》よりも高《たか》く上《のぼ》られた方《かた》なのです‐‐
エペソ 4:11 こうして、キリストご自《じ》身《しん》が、ある人《ひと》を使《し》徒《と》、ある人《ひと》を預《よ》言《げん》者《しゃ》、ある人《ひと》を伝《でん》道《どう》者《しゃ》、ある人《ひと》を牧《ぼく》師《し》また教《きょう》師《し》として、お立《た》てになったのです。
エペソ 4:12 それは、聖《せい》徒《と》たちを整《ととの》えて奉《ほう》仕《し》の働《はたら》きをさせ、キリストのからだを建《た》て上《あ》げるためであり、
エペソ 4:13 ついに、私たちがみな、信《しん》仰《こう》の一《いっ》致《ち》と神《かみ》の御《み》子《こ》に関《かん》する知《ち》識《しき》の一《いっ》致《ち》とに達《たっ》し、完《かん》全《ぜん》におとなになって、キリストの満《み》ち満《み》ちた身《み》たけにまで達《たっ》するためです。
エペソ 4:14 それは、私たちがもはや、子《こ》どもではなくて、人《ひと》の悪《わる》巧《だく》みや、人《ひと》を欺《あざむ》く悪《わる》賢《がしこ》い策《さく》略《りゃく》により、教《おし》えの風《かぜ》に吹《ふ》き回《まわ》されたり、波《なみ》にもてあそばれたりすることがなく、
エペソ 4:15 むしろ、愛《あい》をもって真《しん》理《り》を語《かた》り、あらゆる点《てん》において成《せい》長《ちょう》し、かしらなるキリストに達《たっ》することができるためなのです。
エペソ 4:16 キリストによって、からだ全《ぜん》体《たい》は、一つ一つの部《ぶ》分《ぶん》がその力《りき》量《りょう》にふさわしく働《はたら》く力《ちから》により、また、備《そな》えられたあらゆる結《むす》び目《め》によって、しっかりと組《く》み合《あ》わされ、結《むす》び合《あ》わされ、成《せい》長《ちょう》して、愛《あい》のうちに建《た》てられるのです。
エペソ 4:17 そこで私は、主《しゅ》にあって言《げん》明《めい》し、おごそかに勧《すす》めます。もはや、異《い》邦《ほう》人《じん》がむなしい心《こころ》で歩《あゆ》んでいるように歩《あゆ》んではなりません。
エペソ 4:18 彼《かれ》らは、その知《ち》性《せい》において暗《くら》くなり、彼《かれ》らのうちにある無《む》知《ち》と、かたくなな心《こころ》とのゆえに、神《かみ》のいのちから遠《とお》く離《はな》れています。
エペソ 4:19 道《どう》徳《とく》的《てき》に無《む》感《かん》覚《かく》となった彼《かれ》らは、好《こう》色《しょく》に身《み》をゆだねて、あらゆる不《ふ》潔《けつ》な行《おこな》いをむさぼるようになっています。
エペソ 4:20 しかし、あなたがたはキリストを、このようには学《まな》びませんでした。
エペソ 4:21 ただし、ほんとうにあなたがたがキリストに聞《き》き、キリストにあって教《おし》えられているのならばです。まさしく真《しん》理《り》はイエスにあるのですから。
エペソ 4:22 その教《おし》えとは、あなたがたの以《い》前《ぜん》の生《せい》活《かつ》について言《い》うならば、人《ひと》を欺《あざむ》く情《じょう》欲《よく》によって滅《ほろ》びて行《い》く古《ふる》い人《ひと》を脱《ぬ》ぎ捨《す》てるべきこと、
エペソ 4:23 またあなたがたが心《こころ》の霊《れい》において新《あたら》しくされ、
エペソ 4:24 真《しん》理《り》に基《もと》づく義《ぎ》と聖《せい》をもって神《かみ》にかたどり造《つく》り出《だ》された、新《あたら》しい人《ひと》を身《み》に着《き》るべきことでした。
エペソ 4:25 ですから、あなたがたは偽《いつわ》りを捨《す》て、おのおの隣《となり》人《びと》に対《たい》して真《しん》実《じつ》を語《かた》りなさい。私たちはからだの一《いち》部《ぶ》分《ぶん》として互《たが》いにそれぞれのものだからです。
エペソ 4:26 怒《いか》っても、罪《つみ》を犯《おか》してはなりません。日《ひ》が暮《く》れるまで憤《いきどお》ったままでいてはいけません。
エペソ 4:27 悪《あく》魔《ま》に機《き》会《かい》を与《あた》えないようにしなさい。
エペソ 4:28 盗《ぬす》みをしている者《もの》は、もう盗《ぬす》んではいけません。かえって、困《こま》っている人《ひと》に施《ほどこ》しをするため、自《じ》分《ぶん》の手《て》をもって正《ただ》しい仕《し》事《ごと》をし、ほねおって働《はたら》きなさい。
エペソ 4:29 悪《わる》いことばを、いっさい口《くち》から出《だ》してはいけません。ただ、必《ひつ》要《よう》なとき、人《ひと》の徳《とく》を養《やしな》うのに役《やく》立《だ》つことばを話《はな》し、聞《き》く人《ひと》に恵《めぐ》みを与《あた》えなさい。
エペソ 4:30 神《かみ》の聖《せい》霊《れい》を悲《かな》しませてはいけません。あなたがたは、贖《あがな》いの日《ひ》のために、聖《せい》霊《れい》によって証《しょう》印《いん》を押《お》されているのです。
エペソ 4:31 無《む》慈《じ》悲《ひ》、憤《いきどお》り、怒《いか》り、叫《さけ》び、そしりなどを、いっさいの悪《あく》意《い》とともに、みな捨《す》て去《さ》りなさい。
エペソ 4:32 お互《たが》いに親《しん》切《せつ》にし、心《こころ》の優《やさ》しい人《ひと》となり、神《かみ》がキリストにおいてあなたがたを赦《ゆる》してくださったように、互《たが》いに赦《ゆる》し合《あ》いなさい。

8月26日

エペソ 5
エペソ 5:1 ですから、愛《あい》されている子《こ》どもらしく、神《かみ》にならう者《もの》となりなさい。
エペソ 5:2 また、愛《あい》のうちに歩《あゆ》みなさい。キリストもあなたがたを愛《あい》して、私たちのために、ご自《じ》身《しん》を神《かみ》へのささげ物《もの》、また供《そな》え物《もの》とし、香《こう》ばしいかおりをおささげになりました。
エペソ 5:3 あなたがたの間《あいだ》では、聖《せい》徒《と》にふさわしく、不《ふ》品《ひん》行《こう》も、どんな汚《けが》れも、またむさぼりも、口《くち》にすることさえいけません。
エペソ 5:4 また、みだらなことや、愚《おろ》かな話《はなし》や、下《げ》品《ひん》な冗《じょう》談《だん》を避《さ》けなさい。そのようなことは良《よ》くないことです。むしろ、感《かん》謝《しゃ》しなさい。
エペソ 5:5 あなたがたがよく見《み》て知《し》っているとおり、不《ふ》品《ひん》行《こう》な者《もの》や、汚《けが》れた者《もの》や、むさぼる者《もの》‐‐これが偶《ぐう》像《ぞう》礼《れい》拝《はい》者《しゃ》です、‐‐こういう人《ひと》はだれも、キリストと神《かみ》との御《み》国《くに》を相《そう》続《ぞく》することができません。
エペソ 5:6 むなしいことばに、だまされてはいけません。こういう行《おこな》いのゆえに、神《かみ》の怒《いか》りは不《ふじ》従《ゅう》順《じゅん》な子《こ》らに下《くだ》るのです。
エペソ 5:7 ですから、彼《かれ》らの仲《なか》間《ま》になってはいけません。
エペソ 5:8 あなたがたは、以《い》前《ぜん》は暗《くら》やみでしたが、今《いま》は、主《しゅ》にあって、光《ひかり》となりました。光《ひかり》の子《こ》どもらしく歩《あゆ》みなさい。
エペソ 5:9 ‐‐光《ひかり》の結《むす》ぶ実《み》は、あらゆる善《ぜん》意《い》と正《せい》義《ぎ》と真《しん》実《じつ》なのです‐‐
エペソ 5:10 そのためには、主《しゅ》に喜《よろこ》ばれることが何《なん》であるかを見《み》分《わ》けなさい。
エペソ 5:11 実《み》を結《むす》ばない暗《くら》やみのわざに仲《なか》間《ま》入《い》りしないで、むしろ、それを明《あか》るみに出《だ》しなさい。
エペソ 5:12 なぜなら、彼《かれ》らがひそかに行《おこな》っていることは、口《くち》にするのも恥《は》ずかしいことだからです。
エペソ 5:13 けれども、明《あか》るみに引《ひ》き出《だ》されるものは、みな、光《ひかり》によって明《あき》らかにされます。
エペソ 5:14 明《あき》らかにされたものはみな、光《ひかり》だからです。それで、こう言《い》われています。「眠《ねむ》っている人《ひと》よ。目《め》をさませ。死《し》者《しゃ》の中《なか》から起《お》き上《あ》がれ。そうすれば、キリストが、あなたを照《て》らされる。」
エペソ 5:15 そういうわけですから、賢《かしこ》くない人《ひと》のようにではなく、賢《かしこ》い人《ひと》のように歩《あゆ》んでいるかどうか、よくよく注《ちゅう》意《い》し、
エペソ 5:16 機《き》会《かい》を十《じゅう》分《ぶん》に生《い》かして用《もち》いなさい。悪《わる》い時《じ》代《だい》だからです。
エペソ 5:17 ですから、愚《おろ》かにならないで、主《しゅ》のみこころは何《なん》であるかを、よく悟《さと》りなさい。
エペソ 5:18 また、酒《さけ》に酔《よ》ってはいけません。そこには放《ほう》蕩《とう》があるからです。御《み》霊《たま》に満《み》たされなさい。
エペソ 5:19 詩《し》と賛《さん》美《び》と霊《れい》の歌《うた》とをもって、互《たが》いに語《かた》り、主《しゅ》に向《む》かって、心《こころ》から歌《うた》い、また賛《さん》美《び》しなさい。
エペソ 5:20 いつでも、すべてのことについて、私たちの主《しゅ》イエス・キリストの名《な》によって父《ちち》なる神《かみ》に感《かん》謝《しゃ》しなさい。
エペソ 5:21 キリストを恐《おそ》れ尊《たっと》んで、互《たが》いに従《したが》いなさい。
エペソ 5:22 妻《つま》たちよ。あなたがたは、主《しゅ》に従《したが》うように、自《じ》分《ぶん》の夫《おっと》に従《したが》いなさい。
エペソ 5:23 なぜなら、キリストは教《きょう》会《かい》のかしらであって、ご自《じ》身《しん》がそのからだの救《すく》い主《ぬし》であられるように、夫《おっと》は妻《つま》のかしらであるからです。
エペソ 5:24 教《きょう》会《かい》がキリストに従《したが》うように、妻《つま》も、すべてのことにおいて、夫《おっと》に従《したが》うべきです。
エペソ 5:25 夫《おっと》たちよ。キリストが教《きょう》会《かい》を愛《あい》し、教《きょう》会《かい》のためにご自《じ》身《しん》をささげられたように、あなたがたも、自《じ》分《ぶん》の妻《つま》を愛《あい》しなさい。
エペソ 5:26 キリストがそうされたのは、みことばにより、水《みず》の洗《あ》い《ら》をもって、教《きょう》会《かい》をきよめて聖《せい》なるものとするためであり、
エペソ 5:27 ご自《じ》身《しん》で、しみや、しわや、そのようなものの何《なに》一つない、聖《きよ》く傷《きず》のないものとなった栄《えい》光《こう》の教《きょう》会《かい》を、ご自《じ》分《ぶん》の前《まえ》に立《た》たせるためです。
エペソ 5:28 そのように、夫《おっと》も自《じ》分《ぶん》の妻《つま》を自《じ》分《ぶん》のからだのように愛《あい》さなければなりません。自《じ》分《ぶん》の妻《つま》を愛《あい》する者《もの》は自《じ》分《ぶん》を愛《あい》しているのです。
エペソ 5:29 だれも自《じ》分《ぶん》の身《み》を憎《にく》んだ者《もの》はいません。かえって、これを養《やしな》い育《そだ》てます。それはキリストが教《きょう》会《かい》をそうされたのと同《おな》じです。
エペソ 5:30 私たちはキリストのからだの部《ぶ》分《ぶん》だからです。
エペソ 5:31 「それゆえ、人《ひと》は父《ちち》と母《はは》を離《はな》れ、その妻《つま》と結《むす》ばれ、ふたりは一《いっ》体《たい》となる。」
エペソ 5:32 この奥《おく》義《ぎ》は偉《い》大《だい》です。私は、キリストと教《きょう》会《かい》とをさして言《い》っているのです。
エペソ 5:33 それはそうとして、あなたがたも、おのおの自《じ》分《ぶん》の妻《つま》を自《じ》分《ぶん》と同《どう》様《よう》に愛《あい》しなさい。妻《つま》もまた自《じ》分《ぶん》の《お》夫《っと》を《う》敬《やま》いなさい。

8月27日

エペソ 6
エペソ 6:1 子《こ》どもたちよ。主《しゅ》にあって両《りょう》親《しん》に従《したが》いなさい。これは正《ただ》しいことだからです。
エペソ 6:2 「あなたの父《ちち》と母《はは》を敬《うやま》え。」これは第《だい》一の戒《いまし》めであり、約《やく》束《そく》を伴《ともな》ったものです。すなわち、
エペソ 6:3 「そうしたら、あなたはしあわせになり、地《ち》上《じょう》で長《なが》生《い》きする」という約《やく》束《そく》です。
エペソ 6:4 父《ちち》たちよ。あなたがたも、子《こ》どもをおこらせてはいけません。かえって、主《しゅ》の教《きょう》育《いく》と訓《くん》戒《かい》によって育《そだ》てなさい。
エペソ 6:5 奴《ど》隷《れい》たちよ。あなたがたは、キリストに従《したが》うように、恐《おそ》れおののいて真《ま》心《ごころ》から地《ち》上《じょう》の主《しゅ》人《じん》に従《したが》いなさい。
エペソ 6:6 人《ひと》のごきげんとりのような、うわべだけの仕《つか》え方《かた》でなく、キリストのしもべとして、心《こころ》から神《かみ》のみこころを行《おこな》い、
エペソ 6:7 人《ひと》にではなく、主《しゅ》に仕《つか》えるように、善《ぜん》意《い》をもって仕《つか》えなさい。
エペソ 6:8 良《よ》いことを行《おこな》えば、奴《ど》隷《れい》であっても自《じ》由《ゆう》人《じん》であっても、それぞれその報《むく》いを主《しゅ》から受《う》けることをあなたがたは知《し》っています。
エペソ 6:9 主《しゅ》人《じん》たちよ。あなたがたも、奴《ど》隷《れい》に対《たい》して同《おな》じようにふるまいなさい。おどすことはやめなさい。あなたがたは、彼《かれ》らとあなたがたとの主《しゅ》が天《てん》におられ、主《しゅ》は人《ひと》を差《さ》別《べつ》されることがないことを知《し》っているのですから。
エペソ 6:10 終《お》わりに言《い》います。主《しゅ》にあって、その大《たい》能《のう》の力《ちから》によって強《つよ》められなさい。
エペソ 6:11 悪《あく》魔《ま》の策《さく》略《りゃく》に対《たい》して立《た》ち向《む》かうことができるために、神《かみ》のすべての武《ぶ》具《ぐ》を身《み》に着《つ》けなさい。
エペソ 6:12 私たちの格《かく》闘《とう》は血《けつ》肉《にく》に対《たい》するものではなく、主《しゅ》権《けん》、力《ちから》、この暗《くら》やみの世《せ》界《かい》の支《し》配《はい》者《しゃ》たち、また、天《てん》にいるもろもろの悪《あく》霊《れい》に対《たい》するものです。
エペソ 6:13 ですから、邪《じゃ》悪《あく》な日《ひ》に際《さい》して対《たい》抗《こう》できるように、また、いっさいを成《な》し遂《と》げて、堅《かた》く立《た》つことができるように、神《かみ》のすべての武《ぶ》具《ぐ》をとりなさい。
エペソ 6:14 では、しっかりと立《た》ちなさい。腰《こし》には真《しん》理《り》の帯《おび》を締《し》め、胸《むね》には正《せい》義《ぎ》の胸《むね》当《あ》てを着《つ》け、
エペソ 6:15 足《あし》には平《へい》和《わ》の福《ふく》音《いん》の備《そな》えをはきなさい。
エペソ 6:16 これらすべてのものの上《うえ》に、信《しん》仰《こう》の大《おお》盾《だて》を取《と》りなさい。それによって、悪《わる》い者《もの》が放《はな》つ火《ひ》矢《や》を、みな消《け》すことができます。
エペソ 6:17 救《すく》いのかぶとをかぶり、また御《み》霊《たま》の与《あた》える剣《つるぎ》である、神《かみ》のことばを受《う》け取《と》りなさい。
エペソ 6:18 すべての祈《いの》りと願《ねが》いを用《もち》いて、どんなときにも御《み》霊《たま》によって祈《いの》りなさい。そのためには絶《た》えず目《め》をさましていて、すべての聖《せい》徒《と》のために、忍《にん》耐《たい》の限《かぎ》りを尽《つ》くし、また祈《いの》りなさい。
エペソ 6:19 また、私が口《くち》を開《ひら》くとき、語《かた》るべきことばが与《あた》えられ、福《ふく》音《いん》の奥《おく》義《ぎ》を大《だい》胆《たん》に知《し》らせることができるように私のためにも祈《いの》ってください。
エペソ 6:20 私は鎖《くさり》につながれて、福《ふく》音《いん》のために大《たい》使《し》の役《やく》を果《は》たしています。鎖《くさり》につながれていても、語《かた》るべきことを大《だい》胆《たん》に語《かた》れるように、祈《いの》ってください。
エペソ 6:21 あなたがたにも私の様《よう》子《す》や、私が何《なに》をしているかなどを知《し》っていただくために、主《しゅ》にあって愛《あい》する兄《きょう》弟《だい》であり、忠《ちゅう》実《じつ》な奉《ほう》仕《し》者《しゃ》であるテキコが、一《いち》部《ぶ》始《しじ》終《ゅう》を知《し》らせるでしょう。
エペソ 6:22 テキコをあなたがたのもとに遣《つか》わしたのは、ほかでもなく、あなたがたが私たちの様《よう》子《す》を知《し》り、また彼《かれ》によって心《こころ》に励《はげ》ましを受《う》けるためです。
エペソ 6:23 どうか、父《ちち》なる神《かみ》と主《しゅ》イエス・キリストから、平《へい》安《あん》と信《しん》仰《こう》に伴《ともな》う愛《あい》とが兄《きょう》弟《だい》たちの上《うえ》にありますように。
エペソ 6:24 私たちの主《しゅ》イエス・キリストを朽《く》ちぬ愛《あい》をもって愛《あい》するすべての人《ひと》の上《うえ》に、恵《めぐ》みがありますように。

8月28日

ピリピ 1
ピリピ 1:1 キリスト・イエスのしもべであるパウロとテモテから、ピリピにいるキリスト・イエスにあるすべての聖《せい》徒《と》たち、また監《かん》督《とく》と執《しつ》事《じ》たちへ。
ピリピ 1:2 どうか、私たちの父《ちち》なる神《かみ》と主《しゅ》イエス・キリストから、恵《めぐ》みと平《へい》安《あん》があなたがたの上《うえ》にありますように。
ピリピ 1:3 私は、あなたがたのことを思《おも》うごとに私の神《かみ》に感《かん》謝《しゃ》し、
ピリピ 1:4 あなたがたすべてのために祈《いの》るごとに、いつも喜《よろこ》びをもって祈《いの》り、
ピリピ 1:5 あなたがたが、最《さい》初《しょ》の日《ひ》から今《こん》日《にち》まで、福《ふく》音《いん》を広《ひろ》めることにあずかって来《き》たことを感《かん》謝《しゃ》しています。
ピリピ 1:6 あなたがたのうちに良《よ》い働《はたら》きを始《はじ》められた方《かた》は、キリスト・イエスの日《ひ》が来《く》るまでにそれを完《かん》成《せい》させてくださることを私は堅《かた》く信《しん》じているのです。
ピリピ 1:7 私があなたがたすべてについてこのように考《かんが》えるのは正《ただ》しいのです。あなたがたはみな、私が投《とう》獄《ごく》されているときも、福《ふく》音《いん》を弁《べん》明《めい》し立《りっ》証《しょう》しているときも、私とともに恵《めぐ》みにあずかった人《ひと》々《びと》であり、私は、そのようなあなたがたを、心《こころ》に覚《おぼ》えているからです。
ピリピ 1:8 私が、キリスト・イエスの愛《あい》の心《こころ》をもって、どんなにあなたがたすべてを慕《した》っているか、そのあかしをしてくださるのは神《かみ》です。
ピリピ 1:9 私は祈《いの》っています。あなたがたの愛《あい》が真《しん》の知《ち》識《しき》とあらゆる識《しき》別《べつ》力《りょく》によって、いよいよ豊《ゆた》かになり、
ピリピ 1:10 あなたがたが、真《しん》にすぐれたものを見《み》分《わ》けることができるようになりますように。またあなたがたが、キリストの日《ひ》には純《じゅん》真《しん》で非《ひ》難《なん》されるところがなく、
ピリピ 1:11 イエス・キリストによって与《あた》えられる義《ぎ》の実《み》に満《み》たされている者《もの》となり、神《かみ》の御《み》栄《さか》えと誉《ほま》れが現《あらわ》されますように。
ピリピ 1:12 さて、兄《きょう》弟《だい》たち。私の身《み》に起《お》こったことが、かえって福《ふく》音《いん》を前《ぜん》進《しん》させることになったのを知《し》ってもらいたいと思《おも》います。
ピリピ 1:13 私がキリストのゆえに投《とう》獄《ごく》されている、ということは、親《しん》衛《えい》隊《たい》の全《ぜん》員《いん》と、そのほかのすべての人《ひと》にも明《あき》らかになり、
ピリピ 1:14 また兄《きょう》弟《だい》たちの大《だい》多《た》数《すう》は、私が投《とう》獄《ごく》されたことにより、主《しゅ》にあって確《かく》信《しん》を与《あた》えられ、恐《おそ》れることなく、ますます大《だい》胆《たん》に神《かみ》のことばを語《かた》るようになりました。
ピリピ 1:15 人《ひと》々《びと》の中《なか》にはねたみや争《あらそ》いをもってキリストを宣《の》べ伝《つた》える者《もの》もいますが、善《ぜん》意《い》をもってする者《もの》もいます。
ピリピ 1:16 一《いっ》方《ぽう》の人《ひと》たちは愛《あい》をもってキリストを伝《つた》え、私が福《ふく》音《いん》を弁《べん》証《しょう》するために立《た》てられていることを認《みと》めていますが、
ピリピ 1:17 他《た》の人《ひと》たちは純《じゅん》真《しん》な動《どう》機《き》からではなく、党《とう》派《は》心《しん》をもって、キリストを宣《の》べ伝《つた》えており、投《とう》獄《ごく》されている私をさらに苦《くる》しめるつもりなのです。
ピリピ 1:18 すると、どういうことになりますか。つまり、見《み》せかけであろうとも、真《しん》実《じつ》であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣《の》べ伝《つた》えられているのであって、このことを私は喜《よろこ》んでいます。そうです、今《いま》からも喜《よろこ》ぶことでしょう。
ピリピ 1:19 というわけは、あなたがたの祈《いの》りとイエス・キリストの御《み》霊《たま》の助《たす》けによって、このことが私の救《すく》いとなることを私は知《し》っているからです。
ピリピ 1:20 それは私の切《せつ》なる祈《いの》りと願《ねが》いにかなっています。すなわち、どんな場《ば》合《あい》にも恥《は》じることなく、いつものように今《いま》も大《だい》胆《たん》に語《かた》って、生《い》きるにも死《し》ぬにも私の身《み》によって、キリストがあがめられることです。
ピリピ 1:21 私にとっては、生《い》きることはキリスト、死《し》ぬことも益《えき》です。
ピリピ 1:22 しかし、もしこの肉《にく》体《たい》のいのちが続《つづ》くとしたら、私の働《はたら》きが豊《ゆた》かな実《み》を結《むす》ぶことになるので、どちらを選《えら》んだらよいのか、私にはわかりません。
ピリピ 1:23 私は、その二つのものの間《あいだ》に板《いた》ばさみとなっています。私の願《ねが》いは、世《よ》を去《さ》ってキリストとともにいることです。実《じつ》はそのほうが、はるかにまさっています。
ピリピ 1:24 しかし、この肉《にく》体《たい》にとどまることが、あなたがたのためには、もっと必《ひつ》要《よう》です。
ピリピ 1:25 私はこのことを確《かく》信《しん》していますから、あなたがたの信《しん》仰《こう》の進《しん》歩《ぽ》と喜《よろこ》びとのために、私が生《い》きながらえて、あなたがたすべてといっしょにいるようになることを知《し》っています。
ピリピ 1:26 そうなれば、私はもう一度《ど》あなたがたのところに行《い》けるので、私のことに関《かん》するあなたがたの誇《ほこ》りは、キリスト・イエスにあって増《ま》し加《くわ》わるでしょう。
ピリピ 1:27 ただ一つ。キリストの福《ふく》音《いん》にふさわしく生《せい》活《かつ》しなさい。そうすれば、私が行《い》ってあなたがたに会《あ》うにしても、また離《はな》れているにしても、私はあなたがたについて、こう聞《き》くことができるでしょう。あなたがたは霊《れい》を一つにしてしっかりと立《た》ち、心《こころ》を一つにして福《ふく》音《いん》の信《しん》仰《こう》のために、ともに奮《ふん》闘《とう》しており、
ピリピ 1:28 また、どんなことがあっても、反《はん》対《たい》者《しゃ》たちに驚《おどろ》かされることはないと。それは、彼《かれ》らにとっては滅《ほろ》びのしるしであり、あなたがたにとっては救《すく》いのしるしです。これは神《かみ》から出《で》たことです。
ピリピ 1:29 あなたがたは、キリストのために、キリストを信《しん》じる信《しん》仰《こう》だけでなく、キリストのための苦《くる》しみをも賜《たまわ》ったのです。
ピリピ 1:30 あなたがたは、私について先《さき》に見《み》たこと、また、私についていま聞《き》いているのと同《おな》じ戦《たたか》いを経《けい》験《けん》しているのです。
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