Today 2024年2月19日 - 2024年2月23日

2月19日

マルコ 8

マルコ 8:1 そのころ、また大《おお》ぜいの人《ひと》の群《む》れが集《あつ》まっていたが、食《た》べる物《もの》がなかったので、イエスは弟《で》子《し》たちを呼《よ》んで言《い》われた。
マルコ 8:2 「かわいそうに、この群《ぐん》衆《しゅう》はもう三《みっ》日《か》間《かん》もわたしといっしょにいて、食《た》べる物《もの》を持《も》っていないのです。
マルコ 8:3 空《くう》腹《ふく》のまま家《いえ》に帰《かえ》らせたら、途《と》中《ちゅう》で動《うご》けなくなるでしょう。それに遠《とお》くから来《き》ている人《ひと》もいます。」
マルコ 8:4 弟《で》子《し》たちは答《こた》えた。「こんなへんぴな所《ところ》で、どこからパンを手《て》に入《い》れて、この人《ひと》たちに十《じゅう》分《ぶん》食《た》べさせることができましょう。」
マルコ 8:5 すると、イエスは尋《たず》ねられた。「パンはどれぐらいありますか。」弟《で》子《し》たちは、「七つです」と答《こた》えた。
マルコ 8:6 すると、イエスは群《ぐん》衆《しゅう》に、地《じ》面《めん》にすわるようにおっしゃった。それから、七つのパンを取《と》り、感《かん》謝《しゃ》をささげてからそれを裂《さ》き、人《ひと》々《びと》に配《くば》るように弟《で》子《し》たちに与《あた》えられたので、弟《で》子《し》たちは群《ぐん》衆《しゅう》に配《く》っ《ば》た。
マルコ 8:7 また、魚《うお》が少《すこ》しばかりあったので、そのために感《かん》謝《しゃ》をささげてから、これも配《くば》るように言《い》われた。
マルコ 8:8 人《ひと》々《びと》は食《た》べて満《まん》腹《ぷく》した。そして余《あま》りのパン切《き》れを七つのかごに取《と》り集《あつ》めた。
マルコ 8:9 人《ひと》々《びと》はおよそ四千人《にん》であった。それからイエスは、彼《かれ》らを解《かい》散《さん》させられた。
マルコ 8:10 そしてすぐに弟《で》子《し》たちとともに舟《ふね》に乗《の》り、ダルマヌタ地《ち》方《ほう》へ行《い》かれた。
マルコ 8:11 パリサイ人《びと》たちがやって来《き》て、イエスに議《ぎ》論《ろん》をしかけ、天《てん》からのしるしを求《もと》めた。イエスをためそうとしたのである。
マルコ 8:12 イエスは、心《こころ》の中《なか》で深《ふか》く嘆《たん》息《そく》して、こう言《い》われた。「なぜ、今《いま》の時《じ》代《だい》はしるしを求《もと》めるのか。まことに、あなたがたに告《つ》げます。今《いま》の時《じ》代《だい》には、しるしは絶《ぜっ》対《たい》に与《あた》えられません。」
マルコ 8:13 イエスは彼《かれ》らを離《はな》れて、また舟《ふね》に乗《の》って向《む》こう岸《ぎし》へ行《い》かれた。
マルコ 8:14 弟《で》子《し》たちは、パンを持《も》って来《く》るのを忘《わす》れ、舟《ふね》の中《なか》には、パンがただ一つしかなかった。
マルコ 8:15 そのとき、イエスは彼《かれ》らに命《めい》じて言《い》われた。「パリサイ人《びと》のパン種《だね》とヘロデのパン種《だね》とに十《じゅう》分《ぶん》気《き》をつけなさい。」
マルコ 8:16 そこで弟《で》子《し》たちは、パンを持《も》っていないということで、互《たが》いに議《ぎ》論《ろん》し始《はじ》めた。
マルコ 8:17 それに気《き》づいてイエスは言《い》われた。「なぜ、パンがないといって議《ぎ》論《ろん》しているのですか。まだわからないのですか、悟《さと》らないのですか。心《こころ》が堅《かた》く閉《と》じているのですか。
マルコ 8:18 目《め》がありながら見《み》えないのですか。耳《みみ》がありながら聞《き》こえないのですか。あなたがたは、覚《おぼ》えていないのですか。
マルコ 8:19 わたしが五千人《にん》に五つのパンを裂《さ》いて上《あ》げたとき、パン切《き》れを取《と》り集《あつ》めて、幾《いく》つのかごがいっぱいになりましたか。」彼《かれ》らは答《こた》えた。「十二です。」
マルコ 8:20 「四千人《にん》に七つのパンを裂《さ》いて上《あ》げたときは、パン切《き》れを取《と》り集《あつ》めて幾《いく》つのかごがいっぱいになりましたか。」彼《かれ》らは答《こた》えた。「七つです。」
マルコ 8:21 イエスは言《い》われた。「まだ悟《さと》らないのですか。」
マルコ 8:22 彼《かれ》らはベツサイダに着《つ》いた。すると人《ひと》々《びと》が盲《もう》人《じん》を連《つ》れて来《き》て、彼《かれ》にさわってくださるよう、イエスに願《ねが》った。
マルコ 8:23 イエスは盲《もう》人《じん》の手《て》を取《と》って村《むら》の外《そと》に連《つ》れて行《い》かれた。そしてその両《りょう》目《め》につばきをつけ、両《りょう》手《て》を彼《かれ》に当《あ》てて「何《なに》か見《み》えるか」と聞《き》かれた。
マルコ 8:24 すると彼《かれ》は、見《み》えるようになって、「人《ひと》が見《み》えます。木《き》のようですが、歩《ある》いているのが見《み》えます」と言《い》った。
マルコ 8:25 それから、イエスはもう一度《ど》彼《かれ》の両《りょう》目《め》に両《りょう》手《て》を当《あ》てられた。そして、彼《かれ》が見《み》つめていると、すっかり直《なお》り、すべてのものがはっきり見《み》えるようになった。
マルコ 8:26 そこでイエスは、彼《かれ》を家《いえ》に帰《かえ》し、「村《む》に《ら》入《はい》って行《い》かないように」と言《い》われた。
マルコ 8:27 それから、イエスは弟《で》子《し》たちとピリポ・カイザリヤの村《むら》々《むら》へ出《で》かけられた。その途《と》中《ちゅう》、イエスは弟《で》子《し》たちに尋《たず》ねて言《い》われた。「人《ひと》々《びと》はわたしをだれだと言《い》っていますか。」
マルコ 8:28 彼《かれ》らは答《こた》えて言《い》った。「バプテスマのヨハネだと言《い》っています。エリヤだと言《い》う人《ひと》も、また預《よ》言《げん》者《しゃ》のひとりだと言《い》う人《ひと》もいます。」
マルコ 8:29 するとイエスは、彼《かれ》らに尋《たず》ねられた。「では、あなたがたは、わたしをだれだと言《い》いますか。」ペテロが答《こた》えてイエスに言《い》った。「あなたは、キリストです。」
マルコ 8:30 するとイエスは、自《じ》分《ぶん》のことをだれにも言《い》わないようにと、彼《かれ》らを戒《いまし》められた。
マルコ 8:31 それから、人《ひと》の子《こ》は必《かなら》ず多《おお》くの苦《くる》しみを受《う》け、長《ちょう》老《ろう》、祭《さい》司《し》長《ちょう》、律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちに捨《す》てられ、殺《ころ》され、三《みっ》日《か》の後《のち》によみがえらなければならないと、弟《で》子《し》たちに教《おし》え始《はじ》められた。
マルコ 8:32 しかも、はっきりとこの事《こと》がらを話《はな》された。するとペテロは、イエスをわきにお連《つ》れして、いさめ始《はじ》めた。
マルコ 8:33 しかし、イエスは振《ふ》り向《む》いて、弟《で》子《し》たちを見《み》ながら、ペテロをしかって言《い》われた。「下《さ》がれ。サタン。あなたは神《かみ》のことを思《おも》わないで、人《ひと》のことを思《おも》っている。」
マルコ 8:34 それから、イエスは群《ぐん》衆《しゅう》を弟《で》子《し》たちといっしょに呼《よ》び寄《よ》せて、彼《かれ》らに言《い》われた。「だれでもわたしについて来《き》たいと思《おも》うなら、自《じ》分《ぶん》を捨《す》て、自《じ》分《ぶん》の十《じゅう》字《じ》架《か》を負《お》い、そしてわたしについて来《き》なさい。
マルコ 8:35 いのちを救《すく》おうと思《おも》う者《もの》はそれを失《うしな》い、わたしと福《ふく》音《いん》とのためにいのちを失《うしな》う者《もの》はそれを救《すく》うのです。
マルコ 8:36 人《ひと》は、たとい全《ぜん》世《せ》界《かい》を得《え》ても、いのちを損《そん》じたら、何《なん》の得《とく》がありましょう。
マルコ 8:37 自《じ》分《ぶん》のいのちを買《か》い戻《もど》すために、人《ひと》はいったい何《なに》を差《さ》し出《だ》すことができるでしょう。
マルコ 8:38 このような姦《かん》淫《いん》と罪《つみ》の時《じ》代《だい》にあって、わたしとわたしのことばを恥《は》じるような者《もの》なら、人《ひと》の子《こ》も、父《ちち》の栄《えい》光《こう》を帯《お》びて聖《せい》なる御《み》使《つか》いたちとともに来《く》るときには、そのような人《ひと》のことを恥《は》じます。」

2月20日

マルコ 9

マルコ 9:1 イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「まことに、あなたがたに告《つ》げます。ここに立《た》っている人《ひと》々《びと》の中《なか》には、神《かみ》の国《くに》が力《ちから》をもって到《とう》来《らい》しているのを見《み》るまでは、決《けっ》して死《し》を味《あじ》わわない者《もの》がいます。」
マルコ 9:2 それから六《むい》日《か》たって、イエスは、ペテロとヤコブとヨハネだけを連《つ》れて、高《たか》い山《やま》に導《みちび》いて行《い》かれた。そして彼《かれ》らの目《め》の前《まえ》で御《み》姿《すがた》が変《か》わった。
マルコ 9:3 その御《み》衣《ころも》は、非《ひ》常《じょう》に白《しろ》く光《ひか》り、世《よ》のさらし屋《や》では、とてもできないほどの白《しろ》さであった。
マルコ 9:4 また、エリヤが、モーセとともに現《あらわ》れ、彼《かれ》らはイエスと語《かた》り合《あ》っていた。
マルコ 9:5 すると、ペテロが口《くち》出《だ》ししてイエスに言《い》った。「先《せん》生《せい》。私たちがここにいることは、すばらしいことです。私たちが、幕《まく》屋《や》を三つ造《つく》ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ。」
マルコ 9:6 実《じつ》のところ、ペテロは言《い》うべきことがわからなかったのである。彼《かれ》らは恐《きょう》怖《ふ》に打《う》たれたのであった。
マルコ 9:7 そのとき雲《くも》がわき起《お》こってその人《ひと》々《びと》をおおい、雲《くも》の中《なか》から、「これは、わたしの愛《あい》する子《こ》である。彼《かれ》の言《い》うことを聞《き》きなさい」という声《こえ》がした。
マルコ 9:8 彼《かれ》らが急《いそ》いであたりを見《み》回《まわ》すと、自《じ》分《ぶん》たちといっしょにいるのはイエスだけで、そこにはもはやだれも見《み》えなかった。
マルコ 9:9 さて、山《やま》を降《お》りながら、イエスは彼《かれ》らに、人《ひと》の子《こ》が死《し》人《にん》の中《なか》からよみがえるときまでは、いま見《み》たことをだれにも話《はな》してはならない、と特《とく》に命《めい》じられた。
マルコ 9:10 そこで彼《かれ》らは、そのおことばを心《こころ》に堅《かた》く留《と》め、死《し》人《にん》の中《なか》からよみがえると言《い》われたことはどういう意《い》味《み》かを論《ろん》じ合《あ》った。
マルコ 9:11 彼《かれ》らはイエスに尋《たず》ねて言《い》った。「律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちは、まずエリヤが来《く》るはずだと言《い》っていますが、それはなぜでしょうか。」
マルコ 9:12 イエスは言《い》われた。「エリヤがまず来《き》て、すべてのことを立《た》て直《なお》します。では、人《ひと》の子《こ》について、多《おお》くの苦《くる》しみを受《う》け、さげすまれると書《か》いてあるのは、どうしてなのですか。
マルコ 9:13 しかし、あなたがたに告《つ》げます。エリヤはもう来《き》たのです。そして人《ひと》々《びと》は、彼《かれ》について書《か》いてあるとおりに、好《す》き勝《かっ》手《て》なことを彼《かれ》にしたのです。」
マルコ 9:14 さて、彼《かれ》らが、弟《で》子《し》たちのところに帰《かえ》って来《き》て、見《み》ると、その回《まわ》りに大《おお》ぜいの人《ひと》の群《む》れがおり、また、律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちが弟《で》子《し》たちと論《ろん》じ合《あ》っていた。
マルコ 9:15 そしてすぐ、群《ぐん》衆《しゅう》はみな、イエスを見《み》ると驚《おどろ》き、走《はし》り寄《よ》って来《き》て、あいさつをした。
マルコ 9:16 イエスは彼《かれ》らに、「あなたがたは弟《で》子《し》たちと何《なに》を議《ぎ》論《ろん》しているのですか」と聞《き》かれた。
マルコ 9:17 すると群《ぐん》衆《しゅう》のひとりが、イエスに答《こた》えて言《い》った。「先《せん》生《せい》。口《くち》をきけなくする霊《れい》につかれた私の息《むす》子《こ》を、先《せん》生《せい》のところに連《つ》れて来《き》ました。
マルコ 9:18 その霊《れい》が息《むす》子《こ》にとりつくと、所《ところ》かまわず彼《かれ》を押《お》し倒《たお》します。そして彼《かれ》はあわを吹《ふ》き、歯《は》ぎしりして、からだをこわばらせます。それでお弟《で》子《し》たちに、霊《れい》を追《お》い出《だ》すよう願《ねが》ったのですが、できませんでした。」
マルコ 9:19 イエスは答《こた》えて言《い》われた。「ああ、不《ふ》信《しん》仰《こう》な世《よ》だ。いつまであなたがたといっしょにいなければならないのでしょう。いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。その子《こ》をわたしのところに連《つ》れて来《き》なさい。」
マルコ 9:20 そこで、人《ひと》々《びと》はイエスのところにその子《こ》を連《つ》れて来《き》た。その子《こ》がイエスを見《み》ると、霊《れい》はすぐに彼《かれ》をひきつけさせたので、彼《かれ》は地《じ》面《めん》に倒《たお》れ、あわを吹《ふ》きながら、ころげ回《まわ》った。
マルコ 9:21 イエスはその子《こ》の父《ちち》親《おや》に尋《たず》ねられた。「この子《こ》がこんなになってから、どのくらいになりますか。」父《ちち》親《おや》は言《い》った。「幼《おさな》い時《とき》からです。
マルコ 9:22 この霊《れい》は、彼《かれ》を滅《ほろ》ぼそうとして、何《なん》度《ど》も火《ひ》の中《なか》や水《みず》の中《なか》に投《な》げ込《こ》みました。ただ、もし、おできになるものなら、私たちをあわれんで、お助《たす》けください。」
マルコ 9:23 するとイエスは言《い》われた。「できるものなら、と言《い》うのか。信《しん》じる者《もの》には、どんなことでもできるのです。」
マルコ 9:24 するとすぐに、その子《こ》の父《ちち》は叫《さけ》んで言《い》った。「信《しん》じます。不《ふ》信《しん》仰《こう》な私をお助《たす》けください。」
マルコ 9:25 イエスは、群《ぐん》衆《しゅう》が駆《か》けつけるのをご覧《らん》になると、汚《けが》れた霊《れい》をしかって言《い》われた。「口《くち》をきけなくし、耳《みみ》を聞《き》こえなくする霊《れい》。わたしがおまえに命《めい》じる。この子《こ》から出《で》て行《い》け。二度《ど》とこの子《こ》に入《はい》るな。」
マルコ 9:26 するとその霊《れい》は、叫《さけ》び声《ごえ》をあげ、その子《こ》を激《はげ》しくひきつけさせて、出《で》て行《い》った。するとその子《こ》が死《し》人《にん》のようになったので、多《おお》くの人《ひと》々《びと》は、「この子《こ》は死《し》んでしまった」と言《い》った。
マルコ 9:27 しかし、イエスは、彼《かれ》の手《て》を取《と》って起《お》こされた。するとその子《こ》は立《た》ち上《あ》がった。
マルコ 9:28 イエスが家《いえ》に入《はい》られると、弟《で》子《し》たちがそっとイエスに尋《たず》ねた。「どうしてでしょう。私たちには追《お》い出《だ》せなかったのですが。」
マルコ 9:29 すると、イエスは言《い》われた。「この種《しゅ》のものは、祈《いの》りによらなければ、何《なに》によっても追《お》い出《だ》せるものではありません。」
マルコ 9:30 さて、一《いっ》行《こう》はそこを去《さ》って、ガリラヤを通《とお》って行《い》った。イエスは、人《ひと》に知《し》られたくないと思《おも》われた。
マルコ 9:31 それは、イエスは弟《で》子《し》たちを教《おし》えて、「人《ひと》の子《こ》は人《ひと》々《びと》の手《て》に引《ひ》き渡《わた》され、彼《かれ》らはこれを殺《ころ》す。しかし、殺《ころ》されて、三《みっ》日《か》の後《のち》に、人《ひと》の子《こ》はよみがえる」と話《はな》しておられたからである。
マルコ 9:32 しかし、弟《で》子《し》たちは、このみことばが理《り》解《かい》できなかった。また、イエスに尋《たず》ねるのを恐《おそ》れていた。
マルコ 9:33 カペナウムに着《つ》いた。イエスは、家《いえ》に入《はい》った後《のち》、弟《で》子《し》たちに質《しつ》問《もん》された。「道《みち》で何《なに》を論《ろん》じ合《あ》っていたのですか。」
マルコ 9:34 彼《かれ》らは黙《だま》っていた。道《みち》々《みち》、だれが一《いち》番《ばん》偉《えら》いかと論《ろん》じ合《あ》っていたからである。
マルコ 9:35 イエスはおすわりになり、十二弟《で》子《し》を呼《よ》んで、言《い》われた。「だれでも人《ひと》の先《さき》に立《た》ちたいと思《おも》うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕《つか》える者《もの》となりなさい。」
マルコ 9:36 それから、イエスは、ひとりの子《こ》どもを連《つ》れて来《き》て、彼《かれ》らの真《ま》ん中《なか》に立《た》たせ、腕《うで》に抱《だ》き寄《よ》せて、彼《かれ》らに言《い》われた。
マルコ 9:37 「だれでも、このような幼《おさな》子《ご》たちのひとりを、わたしの名《な》のゆえに受《う》け入《い》れるならば、わたしを受《う》け入《い》れるのです。また、だれでも、わたしを受《う》け入《い》れるならば、わたしを受《う》け入《い》れるのではなく、わたしを遣《つか》わされた方《かた》を受《う》け入《い》れるのです。」
マルコ 9:38 ヨハネがイエスに言《い》った。「先《せん》生《せい》。先《せん》生《せい》の名《な》を唱《とな》えて悪《あく》霊《れい》を追《お》い出《だ》している者《もの》を見《み》ましたが、私たちの仲《なか》間《ま》ではないので、やめさせました。」
マルコ 9:39 しかし、イエスは言《い》われた。「やめさせることはありません。わたしの名《な》を唱《とな》えて、力《ちから》あるわざを行《おこな》いながら、すぐあとで、わたしを悪《わる》く言《い》える者《もの》はないのです。
マルコ 9:40 わたしたちに反《はん》対《たい》しない者《もの》は、わたしたちの味《み》方《かた》です。
マルコ 9:41 あなたがたがキリストの弟《で》子《し》だからというので、あなたがたに水《みず》一杯《ぱい》でも飲《の》ませてくれる人《ひと》は、決《けっ》して報《むく》いを失《うしな》うことはありません。これは確《たし》かなことです。
マルコ 9:42 また、わたしを信《しん》じるこの小《ちい》さい者《もの》たちのひとりにでもつまずきを与《あた》えるような者《もの》は、むしろ大《おお》きい石《いし》臼《うす》を首《くび》にゆわえつけられて、海《うみ》に投《な》げ込《こ》まれたほうがましです。
マルコ 9:43 もし、あなたの手《て》があなたのつまずきとなるなら、それを切《き》り捨《す》てなさい。片《かた》手《て》でいのちに入《はい》るほうが、両《りょう》手《て》そろっていてゲヘナの消《き》えぬ火《ひ》の中《なか》に落《お》ち込《こ》むよりは、あなたにとってよいことです。
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マルコ 9:45 もし、あなたの足《あし》があなたのつまずきとなるなら、それを切《き》り捨《す》てなさい。片《かた》足《あし》でいのちに入《はい》るほうが、両《りょう》足《あし》そろっていてゲヘナに投《な》げ入《い》れられるよりは、あなたにとってよいことです。
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マルコ 9:47 もし、あなたの目《め》があなたのつまずきを引《ひ》き起《お》こすのなら、それをえぐり出《だ》しなさい。片《かた》目《め》で神《かみ》の国《くに》に入《はい》るほうが、両《りょう》目《め》そろっていてゲヘナに投《な》げ入《い》れられるよりは、あなたにとってよいことです。
マルコ 9:48 そこでは、彼《かれ》らを食《く》ううじは、尽《つ》きることがなく、火《ひ》は消《き》えることがありません。
マルコ 9:49 すべては、火《ひ》によって、塩《しお》けをつけられるのです。
マルコ 9:50 塩《しお》は、ききめのあるものです。しかし、もし塩《しお》に塩《しお》けがなくなったら、何《なに》によって塩《しお》けを取《と》り戻《もど》せましょう。あなたがたは、自《じ》分《ぶん》自《じ》身《しん》のうちに塩《しお》けを保《たも》ちなさい。そして、互《たが》いに和《わ》合《ごう》して暮《く》らしなさい。」

2月21日

マルコ 10

マルコ 10:1 イエスは、そこを立《た》って、ユダヤ地《ち》方《ほう》とヨルダンの向《む》こうに行《い》かれた。すると、群《ぐん》衆《しゅう》がまたもみもとに集《あつ》まって来《き》たので、またいつものように彼《かれ》らを教《おし》えられた。
マルコ 10:2 すると、パリサイ人《びと》たちがみもとにやって来《き》て、夫《おっと》が妻《つま》を離《り》別《べつ》することは許《ゆる》されるかどうかと質《しつ》問《もん》した。イエスをためそうとしたのである。
マルコ 10:3 イエスは答《こた》えて言《い》われた。「モーセはあなたがたに、何《なん》と命《めい》じていますか。」
マルコ 10:4 彼《かれ》らは言《い》った。「モーセは、離《り》婚《こん》状《じょう》を書《か》いて妻《つま》を離《り》別《べつ》することを許《ゆる》しました。」
マルコ 10:5 イエスは言《い》われた。「モーセは、あなたがたの心《こころ》がかたくななので、この命《めい》令《れい》をあなたがたに書《か》いたのです。
マルコ 10:6 しかし、創《そう》造《ぞう》の初《はじ》めから、神《かみ》は、人《ひと》を男《おとこ》と女《おんな》に造《つく》られたのです。
マルコ 10:7 それゆえ、人《ひと》はその父《ちち》と母《はは》を離《はな》れ、
マルコ 10:8 ふたりは一《いっ》体《たい》となるのです。それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。
マルコ 10:9 こういうわけで、人《ひと》は、神《かみ》が結《むす》び合《あ》わせたものを引《ひ》き離《はな》してはなりません。」
マルコ 10:10 家《いえ》に戻《もど》った弟《で》子《し》たちが、この問《もん》題《だい》についてイエスに尋《たず》ねた。
マルコ 10:11 そこで、イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「だれでも、妻《つま》を離《り》別《べつ》して別《べつ》の女《おんな》を妻《つま》にするなら、前《まえ》の妻《つま》に対《たい》して姦《かん》淫《いん》を犯《おか》すのです。
マルコ 10:12 妻《つま》も、夫《おっと》を離《り》別《べつ》して別《べつ》の男《おとこ》にとつぐなら、姦《かん》淫《いん》を犯《おか》しているのです。」
マルコ 10:13 さて、イエスにさわっていただこうとして、人《ひと》々《びと》が子《こ》どもたちを、みもとに連《つ》れて来《き》た。ところが、弟《で》子《し》たちは彼《かれ》らをしかった。
マルコ 10:14 イエスはそれをご覧《らん》になり、憤《いきどお》って、彼《かれ》らに言《い》われた。「子《こ》どもたちを、わたしのところに来《こ》させなさい。止《と》めてはいけません。神《かみ》の国《くに》は、このような者《もの》たちのものです。
マルコ 10:15 まことに、あなたがたに告《つ》げます。子《こ》どものように神《かみ》の国《くに》を受《う》け入《い》れる者《もの》でなければ、決《けっ》してそこに、入《はい》ることはできません。」
マルコ 10:16 そしてイエスは子《こ》どもたちを抱《だ》き、彼《かれ》らの上《うえ》に手《て》を置《お》いて祝《しゅく》福《ふく》された。
マルコ 10:17 イエスが道《みち》に出《で》て行《い》かれると、ひとりの人《ひと》が走《はし》り寄《よ》って、御《み》前《まえ》にひざまずいて、尋《たず》ねた。「尊《たっと》い先《せん》生《せい》。永《えい》遠《えん》のいのちを自《じ》分《ぶん》のものとして受《う》けるためには、私は何《なに》をしたらよいでしょうか。」
マルコ 10:18 イエスは彼《かれ》に言《い》われた。「なぜ、わたしを『尊《たっと》い』と言《い》うのですか。尊《たっと》い方《かた》は、神《かみ》おひとりのほかには、だれもありません。
マルコ 10:19 戒《いまし》めはあなたもよく知《し》っているはずです。『殺《ころ》してはならない。姦《かん》淫《いん》してはならない。盗《ぬす》んではならない。偽《ぎ》証《しょう》を立《た》ててはならない。欺《あざむ》き取《と》ってはならない。父《ちち》と母《はは》を敬《うやま》え。』」
マルコ 10:20 すると、その人《ひと》はイエスに言《い》った。「先《せん》生《せい》。私はそのようなことをみな、小《ちい》さい時《とき》から守《まも》っております。」
マルコ 10:21 イエスは彼《かれ》を見《み》つめ、その人《ひと》をいつくしんで言《い》われた。「あなたには、欠《か》けたことが一つあります。帰《かえ》って、あなたの持《も》ち物《もの》をみな売《う》り払《はら》い、貧《まず》しい人《ひと》たちに与《あた》えなさい。そうすれば、あなたは天《てん》に宝《たから》を積《つ》むことになります。そのうえで、わたしについて来《き》なさい。」
マルコ 10:22 すると彼《かれ》は、このことばに顔《かお》を曇《くも》らせ、悲《かな》しみながら立《た》ち去《さ》った。なぜなら、この人《ひと》は多《おお》くの財《ざい》産《さん》を持《も》っていたからである。
マルコ 10:23 イエスは、見《み》回《まわ》して、弟《で》子《し》たちに言《い》われた。「裕《ゆう》福《ふく》な者《もの》が神《かみ》の国《くに》に入《はい》ることは、何《なん》とむずかしいことでしょう。」
マルコ 10:24 弟《で》子《し》たちは、イエスのことばに驚《おどろ》いた。しかし、イエスは重《かさ》ねて、彼《かれ》らに答《こた》えて言《い》われた。「子《こ》たちよ。神《か》の《み》国《くに》に入《はい》ることは、何《なん》とむずかしいことでしょう。
マルコ 10:25 金《かね》持《も》ちが神《かみ》の国《くに》に入《はい》るよりは、らくだが針《はり》の穴《あな》を通《とお》るほうがもっとやさしい。」
マルコ 10:26 弟《で》子《し》たちは、ますます驚《おどろ》いて互《たが》いに言《い》った。「それでは、だれが救《すく》われることができるのだろうか。」
マルコ 10:27 イエスは、彼《かれ》らをじっと見《み》て言《い》われた。「それは人《ひと》にはできないことですが、神《かみ》は、そうではありません。どんなことでも、神《かみ》にはできるのです。」
マルコ 10:28 ペテロがイエスにこう言《い》い始《はじ》めた。「ご覧《らん》ください。私たちは、何《なに》もかも捨《す》てて、あなたに従《したが》ってまいりました。」
マルコ 10:29 イエスは言《い》われた。「まことに、あなたがたに告《つ》げます。わたしのために、また福《ふく》音《いん》のために、家《いえ》、兄《きょう》弟《だい》、姉《し》妹《まい》、母《はは》、父《ちち》、子《こ》、畑《はたけ》を捨《す》てた者《もの》で、
マルコ 10:30 その百倍《ばい》を受《う》けない者《もの》はありません。今《いま》のこの時《じ》代《だい》には、家《いえ》、兄《きょう》弟《だい》、姉《し》妹《まい》、母《はは》、子《こ》、畑《はたけ》を迫《はく》害《がい》の中《なか》で受《う》け、後《のち》の世《よ》では永《えい》遠《えん》のいのちを受《う》けます。
マルコ 10:31 しかし、先《さき》の者《もの》があとになり、あとの者《もの》が先《さき》になることが多《おお》いのです。」
マルコ 10:32 さて、一《いっ》行《こう》は、エルサレムに上《のぼ》る途《と》中《ちゅう》にあった。イエスは先《せん》頭《とう》に立《た》って歩《ある》いて行《い》かれた。弟《で》子《し》たちは驚《おどろ》き、また、あとについて行《い》く者《もの》たちは恐《おそ》れを覚《おぼ》えた。すると、イエスは再《ふたた》び十二弟《で》子《し》をそばに呼《よ》んで、ご自《じ》分《ぶん》に起《お》ころうとしていることを、話《はな》し始《はじ》められた。
マルコ 10:33 「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向《む》かって行《い》きます。人《ひと》の子《こ》は、祭《さい》司《し》長《ちょう》、律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちに引《ひ》き渡《わた》されるのです。彼《かれ》らは、人《ひと》の子《こ》を死《し》刑《けい》に定《さだ》め、そして、異《い》邦《ほう》人《じん》に引《ひ》き渡《わた》します。
マルコ 10:34 すると彼《かれ》らはあざけり、つばきをかけ、むち打《う》ち、ついに殺《ころ》します。しかし、人《ひと》の子《こ》は三《みっ》日《か》の後《のち》に、よみがえります。」
マルコ 10:35 さて、ゼベダイのふたりの子《こ》、ヤコブとヨハネが、イエスのところに来《き》て言《い》った。「先《せん》生《せい》。私たちの頼《たの》み事《ごと》をかなえていただきたいと思《おも》います。」
マルコ 10:36 イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「何《なに》をしてほしいのですか。」
マルコ 10:37 彼《かれ》らは言《い》った。「あなたの栄《えい》光《こう》の座《ざ》で、ひとりを先《せん》生《せい》の右《みぎ》に、ひとりを左《ひだり》にすわらせてください。」
マルコ 10:38 しかし、イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「あなたがたは自《じ》分《ぶん》が何《なに》を求《もと》めているのか、わかっていないのです。あなたがたは、わたしの飲《の》もうとする杯《さかずき》を飲《の》み、わたしの受《う》けようとするバプテスマを受《う》けることができますか。」
マルコ 10:39 彼《かれ》らは「できます」と言《い》った。イエスは言《い》われた。「なるほどあなたがたは、わたしの飲《の》む杯《さかずき》を飲《の》み、わたしの受《う》けるべきバプテスマを受《う》けはします。
マルコ 10:40 しかし、わたしの右《みぎ》と左《ひだり》にすわることは、わたしが許《ゆる》すことではありません。それに備《そな》えられた人《ひと》々《びと》があるのです。」
マルコ 10:41 十人《にん》の者《もの》がこのことを聞《き》くと、ヤコブとヨハネのことで腹《はら》を立《た》てた。
マルコ 10:42 そこで、イエスは彼《かれ》らを呼《よ》び寄《よ》せて、言《い》われた。「あなたがたも知《し》っているとおり、異《い》邦《ほう》人《じん》の支《し》配《はい》者《しゃ》と認《みと》められた者《もの》たちは彼《かれ》らを支《し》配《はい》し、また、偉《えら》い人《ひと》たちは彼《かれ》らの上《うえ》に権《けん》力《りょく》をふるいます。
マルコ 10:43 しかし、あなたがたの間《あいだ》では、そうでありません。あなたがたの間《あいだ》で偉《えら》くなりたいと思《おも》う者《もの》は、みなに仕《つか》える者《もの》になりなさい。
マルコ 10:44 あなたがたの間《あいだ》で人《ひと》の先《さき》に立《た》ちたいと思《おも》う者《もの》は、みなのしもべになりなさい。
マルコ 10:45 人《ひと》の子《こ》が来《き》たのも、仕《つか》えられるためではなく、かえって仕《つか》えるためであり、また、多《おお》くの人《ひと》のための、贖《あがな》いの代《だい》価《か》として、自《じ》分《ぶん》のいのちを与《あた》えるためなのです。」
マルコ 10:46 彼《かれ》らはエリコに来《き》た。イエスが、弟《で》子《し》たちや多《おお》くの群《ぐん》衆《しゅう》といっしょにエリコを出《で》られると、テマイの子《こ》のバルテマイという盲《もう》人《じん》の物《もの》ごいが、道《みち》ばたにすわっていた。
マルコ 10:47 ところが、ナザレのイエスだと聞《き》くと、「ダビデの子《こ》のイエスさま。私をあわれんでください」と叫《さけ》び始《はじ》めた。
マルコ 10:48 そこで、彼《かれ》を黙《だま》らせようと、大《おお》ぜいでたしなめたが、彼《かれ》はますます、「ダビデの子《こ》よ。私をあわれんでください」と叫《さけ》び立《た》てた。
マルコ 10:49 すると、イエスは立《た》ち止《ど》まって、「あの人《ひと》を呼《よ》んで来《き》なさい」と言《い》われた。そこで、彼《かれ》らはその盲《もう》人《じん》を呼《よ》び、「心《しん》配《ぱい》しないでよい。さあ、立《た》ちなさい。あなたをお呼《よ》びになっている」と言《い》った。
マルコ 10:50 すると、盲《もう》人《じん》は上《うわ》着《ぎ》を脱《ぬ》ぎ捨《す》て、すぐ立《た》ち上《あ》がって、イエスのところに来《き》た。
マルコ 10:51 そこでイエスは、さらにこう言《い》われた。「わたしに何《なに》をしてほしいのか。」すると、盲《もう》人《じん》は言《い》った。「先《せん》生《せい》。目《め》が見《み》えるようになることです。」
マルコ 10:52 するとイエスは、彼《かれ》に言《い》われた。「さあ、行《い》きなさい。あなたの信《しん》仰《こう》があなたを救《すく》ったのです。」すると、すぐさま彼《かれ》は見《み》えるようになり、イエスの行《い》かれる所《ところ》について行《い》った。

2月22日

マルコ 11

マルコ 11:1 さて、彼《かれ》らがエルサレムの近《ちか》くに来《き》て、オリーブ山《やま》のふもとのベテパゲとベタニヤに近《ちか》づいたとき、イエスはふたりの弟《で》子《し》を使《つか》いに出《だ》して、
マルコ 11:2 言《い》われた。「向《む》こうの村《むら》へ行《い》きなさい。村《むら》に入《はい》るとすぐ、まだだれも乗《の》ったことのない、ろばの子《こ》が、つないであるのに気《き》がつくでしょう。それをほどいて、引《ひ》いて来《き》なさい。
マルコ 11:3 もし、『なぜそんなことをするのか』と言《い》う人《ひと》があったら、『主《しゅ》がお入《いり》用《よう》なのです。すぐに、またここに送《おく》り返《かえ》されます』と言《い》いなさい。」
マルコ 11:4 そこで、出《で》かけて見《み》ると、表《おもて》通《どお》りにある家《いえ》の戸《と》口《ぐち》に、ろばの子《こ》が一匹《ぴき》つないであったので、それをほどいた。
マルコ 11:5 すると、そこに立《た》っていた何《なん》人《にん》かが言《い》った。「ろばの子《こ》をほどいたりして、どうするのですか。」
マルコ 11:6 弟《で》子《し》たちが、イエスの言《い》われたとおりを話《はな》すと、彼《かれ》らは許《ゆる》してくれた。
マルコ 11:7 そこで、ろばの子《こ》をイエスのところへ引《ひ》いて行《い》って、自《じ》分《ぶん》たちの上《うわ》着《ぎ》をその上《うえ》に掛《か》けた。イエスはそれに乗《の》られた。
マルコ 11:8 すると、多《おお》くの人《ひと》が、自《じ》分《ぶん》たちの上《うわ》着《ぎ》を道《みち》に敷《し》き、またほかの人《ひと》々《びと》は、木《き》の葉《は》を枝《えだ》ごと野《の》原《はら》から切《き》って来《き》て、道《みち》に敷《し》いた。
マルコ 11:9 そして、前《まえ》を行《い》く者《もの》も、あとに従《したが》う者《もの》も、叫《さけ》んでいた。「ホサナ。祝《しゅく》福《ふく》あれ。主《しゅ》の御《み》名《な》によって来《こ》られる方《かた》に。
マルコ 11:10 祝《しゅく》福《ふく》あれ。いま来《き》た、われらの父《ちち》ダビデの国《くに》に。ホサナ。いと高《たか》き所《ところ》に。」
マルコ 11:11 こうして、イエスはエルサレムに着《つ》き、宮《みや》に入《はい》られた。そして、すべてを見《み》て回《まわ》った後《のち》、時《じ》間《かん》ももうおそかったので、十二弟《で》子《し》といっしょにベタニヤに出《で》て行《い》かれた。
マルコ 11:12 翌《よく》日《じつ》、彼《かれ》らがベタニヤを出《で》たとき、イエスは空《くう》腹《ふく》を覚《おぼ》えられた。
マルコ 11:13 葉《は》の茂《しげ》ったいちじくの木《き》が遠《とお》くに見《み》えたので、それに何《なに》かありはしないかと見《み》に行《い》かれたが、そこに来《く》ると、葉《は》のほかは何《なに》もないのに気《き》づかれた。いちじくのなる季《き》節《せつ》ではなかったからである。
マルコ 11:14 イエスは、その木《き》に向《む》かって言《い》われた。「今《こん》後《ご》、いつまでも、だれもおまえの実《み》を食《た》べることのないように。」弟《で》子《し》たちはこれを聞《き》いていた。
マルコ 11:15 それから、彼《かれ》らはエルサレムに着《つ》いた。イエスは宮《みや》に入《はい》り、宮《みや》の中《なか》で売《う》り買《か》いしている人《ひと》々《びと》を追《お》い出《だ》し始《はじ》め、両《りょう》替《がえ》人《にん》の台《だい》や、鳩《はと》を売《う》る者《もの》たちの腰《こし》掛《か》けを倒《たお》し、
マルコ 11:16 また宮《みや》を通《とお》り抜《ぬ》けて器《き》具《ぐ》を運《はこ》ぶことをだれにもお許《ゆる》しにならなかった。
マルコ 11:17 そして、彼《かれ》らに教《おし》えて言《い》われた。「『わたしの家《いえ》は、すべての民《たみ》の祈《いの》りの家《いえ》と呼《よ》ばれる』と書《か》いてあるではありませんか。それなのに、あなたがたはそれを強《ごう》盗《とう》の巣《す》にしたのです。」
マルコ 11:18 祭《さい》司《し》長《ちょう》、律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちは聞《き》いて、どのようにしてイエスを殺《ころ》そうかと相《そう》談《だん》した。イエスを恐《おそ》れたからであった。なぜなら、群《ぐん》衆《しゅう》がみなイエスの教《おし》えに驚《きょう》嘆《たん》していたからである。
マルコ 11:19 夕《ゆう》方《がた》になると、イエスとその弟《で》子《し》たちは、いつも都《みやこ》から外《そと》に出《で》た。
マルコ 11:20 朝《あさ》早《はや》く、通《とお》りがかりに見《み》ると、いちじくの木《き》が根《ね》まで枯《か》れていた。
マルコ 11:21 ペテロは思《おも》い出《だ》して、イエスに言《い》った。「先《せん》生《せい》。ご覧《らん》なさい。あなたののろわれたいちじくの木《き》が枯《か》れました。」
マルコ 11:22 イエスは答《こた》えて言《い》われた。「神《かみ》を信《しん》じなさい。
マルコ 11:23 まことに、あなたがたに告《つ》げます。だれでも、この山《やま》に向《む》かって、『動《うご》いて、海《うみ》に入《はい》れ』と言《い》って、心《こころ》の中《なか》で疑《うたが》わず、ただ、自《じ》分《ぶん》の言《い》ったとおりになると信《しん》じるなら、そのとおりになります。
マルコ 11:24 だからあなたがたに言《い》うのです。祈《いの》って求《もと》めるものは何《なん》でも、すでに受《う》けたと信《しん》じなさい。そうすれば、そのとおりになります。
マルコ 11:25 また立《た》って祈《いの》っているとき、だれかに対《たい》して恨《うら》み事《ごと》があったら、赦《ゆる》してやりなさい。そうすれば、天《てん》におられるあなたがたの父《ちち》も、あなたがたの罪《つみ》を赦《ゆる》してくださいます。」
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マルコ 11:27 彼《かれ》らはまたエルサレムに来《き》た。イエスが宮《みや》の中《なか》を歩《ある》いておられると、祭《さい》司《し》長《ちょう》、律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》、長《ちょう》老《ろう》たちが、イエスのところにやって来《き》た。
マルコ 11:28 そして、イエスに言《い》った。「何《なん》の権《けん》威《い》によって、これらのことをしておられるのですか。だれが、あなたにこれらのことをする権《けん》威《い》を授《さず》けたのですか。」
マルコ 11:29 そこでイエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「一《ひと》言《こと》尋《たず》ねますから、それに答《こた》えなさい。そうすれば、わたしも、何《なん》の権《けん》威《い》によってこれらのことをしているかを、話《はな》しましょう。
マルコ 11:30 ヨハネのバプテスマは、天《てん》から来《き》たのですか、人《ひと》から出《で》たのですか。答《こた》えなさい。」
マルコ 11:31 すると、彼《かれ》らは、こう言《い》いながら、互《たが》いに論《ろん》じ合《あ》った。「もし、天《てん》から、と言《い》えば、それならなぜ、彼《かれ》を信《しん》じなかったかと言《い》うだろう。
マルコ 11:32 だからといって、人《ひと》から、と言《い》ってよいだろうか。」‐‐彼《かれ》らは群《ぐん》衆《しゅう》を恐《おそ》れていたのである。というのは、人《ひと》々《びと》がみな、ヨハネは確《たし》かに預《よ》言《げん》者《しゃ》だと思《おも》っていたからである。
マルコ 11:33 そこで彼《かれ》らは、イエスに答《こた》えて、「わかりません」と言《い》った。そこでイエスは彼《かれ》らに、「わたしも、何《なん》の権《けん》威《い》によってこれらのことをするのか、あなたがたに話《はな》すまい」と言《い》われた。

2月23日

マルコ 12

マルコ 12:1 それからイエスは、たとえを用《もち》いて彼《かれ》らに話《はな》し始《はじ》められた。「ある人《ひと》がぶどう園《えん》を造《つく》って、垣《かき》を巡《めぐ》らし、酒《さか》ぶねを掘《ほ》り、やぐらを建《た》て、それを農《のう》夫《ふ》たちに貸《か》して、旅《たび》に出《で》かけた。
マルコ 12:2 季《き》節《せつ》になると、ぶどう園《えん》の収《しゅう》穫《かく》の分《わ》けまえを受《う》け取《と》りに、しもべを農《のう》夫《ふ》たちのところへ遣《つか》わした。
マルコ 12:3 ところが、彼《かれ》らは、そのしもべをつかまえて袋《ふくろ》だたきにし、何《なに》も持《も》たせないで送《おく》り帰《かえ》した。
マルコ 12:4 そこで、もう一度《ど》別《べつ》のしもべを遣《つか》わしたが、彼《かれ》らは、頭《あたま》をなぐり、はずかしめた。
マルコ 12:5 また別《べつ》のしもべを遣《つか》わしたところが、彼《かれ》らは、これも殺《ころ》してしまった。続《つづ》いて、多《おお》くのしもべをやったけれども、彼《かれ》らは袋《ふくろ》だたきにしたり、殺《ころ》したりした。
マルコ 12:6 その人《ひと》には、なおもうひとりの者《もの》がいた。それは愛《あい》する息《むす》子《こ》であった。彼《かれ》は、『私の息《むす》子《こ》なら、敬《うやま》ってくれるだろう』と言《い》って、最《さい》後《ご》にその息《むす》子《こ》を遣《つか》わした。
マルコ 12:7 すると、その農《のう》夫《ふ》たちはこう話《はな》し合《あ》った。『あれはあと取《と》りだ。さあ、あれを殺《ころ》そうではないか。そうすれば、財《ざい》産《さん》はこちらのものだ。』
マルコ 12:8 そして、彼《かれ》をつかまえて殺《ころ》してしまい、ぶどう園《えん》の外《そと》に投《な》げ捨《す》てた。
マルコ 12:9 ところで、ぶどう園《えん》の主《しゅ》人《じん》は、どうするでしょう。彼《かれ》は戻《もど》って来《き》て、農《のう》夫《ふ》どもを打《う》ち滅《ほろ》ぼし、ぶどう園《えん》をほかの人《ひと》たちに与《あた》えてしまいます。
マルコ 12:10 あなたがたは、次《つぎ》の聖《せい》書《しょ》のことばを読《よ》んだことがないのですか。『家《いえ》を建《た》てる者《もの》たちの見《み》捨《す》てた石《いし》、それが礎《いしずえ》の石《いし》になった。
マルコ 12:11 これは主《しゅ》のなさったことだ。私たちの目《め》には、不《ふ》思《し》議《ぎ》なことである。』」
マルコ 12:12 彼《かれ》らは、このたとえ話《ばなし》が、自《じ》分《ぶん》たちをさして語《かた》られたことに気《き》づいたので、イエスを捕《と》らえようとしたが、やはり群《ぐん》衆《しゅう》を恐《おそ》れた。それで、イエスを残《のこ》して、立《た》ち去《さ》った。
マルコ 12:13 さて、彼《かれ》らは、イエスに何《なに》か言《い》わせて、わなに陥《おとしい》れようとして、パリサイ人《びと》とヘロデ党《とう》の者《もの》数《すう》人《にん》をイエスのところへ送《おく》った。
マルコ 12:14 彼《かれ》らはイエスのところに来《き》て、言《い》った。「先《せん》生《せい》。私たちは、あなたが真《しん》実《じつ》な方《かた》で、だれをもはばからない方《かた》だと存《ぞん》じています。あなたは人《ひと》の顔《かお》色《いろ》を見《み》ず、真《しん》理《り》に基《もと》づいて神《かみ》の道《みち》を教《おし》えておられるからです。ところで、カイザルに税《ぜい》金《きん》を納《おさ》めることは律《りっ》法《ぽう》にかなっていることでしょうか、かなっていないことでしょうか。納《おさ》めるべきでしょうか、納《おさ》めるべきでないのでしょうか。」
マルコ 12:15 イエスは彼《かれ》らの擬《ぎ》装《そう》を見《み》抜《ぬ》いて言《い》われた。「なぜ、わたしをためすのか。デナリ銀《ぎん》貨《か》を持《も》って来《き》て見《み》せなさい。」
マルコ 12:16 彼《かれ》らは持《も》って来《き》た。そこでイエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「これはだれの肖《しょう》像《ぞう》ですか。だれの銘《めい》ですか。」彼《かれ》らは、「カイザルのです」と言《い》った。
マルコ 12:17 するとイエスは言《い》われた。「カイザルのものはカイザルに返《かえ》しなさい。そして神《かみ》のものは神《かみ》に返《かえ》しなさい。」彼《かれ》らはイエスに驚《きょう》嘆《たん》した。
マルコ 12:18 また、復《ふっ》活《かつ》はないと主《しゅ》張《ちょう》していたサドカイ人《びと》たちが、イエスのところに来《き》て、質《しつ》問《もん》した。
マルコ 12:19 「先《せん》生《せい》。モーセは私たちのためにこう書《か》いています。『もし、兄《あに》が死《し》んで妻《つま》をあとに残《のこ》し、しかも子《こ》がない場《ば》合《あい》には、その弟《おとうと》はその女《おんな》を妻《つま》にして、兄《あに》のための子《こ》をもうけなければならない。』
マルコ 12:20 さて、七人《にん》の兄《きょう》弟《だい》がいました。長《ちょう》男《なん》が妻《つま》をめとりましたが、子《こ》を残《のこ》さないで死《し》にました。
マルコ 12:21 そこで次《じ》男《なん》がその女《おんな》を妻《つま》にしたところ、やはり子《こ》を残《のこ》さずに死《し》にました。三男《なん》も同《どう》様《よう》でした。
マルコ 12:22 こうして、七人《にん》とも子《こ》を残《のこ》しませんでした。最《さい》後《ご》に、女《おんな》も死《し》にました。
マルコ 12:23 復《ふっ》活《かつ》の際《さい》、彼《かれ》らがよみがえるとき、その女《おんな》はだれの妻《つま》なのでしょうか。七人《にん》ともその女《おんな》を妻《つま》にしたのですが。」
マルコ 12:24 イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「そんな思《おも》い違《ちが》いをしているのは、聖《せい》書《しょ》も神《かみ》の力《ちから》も知《し》らないからではありませんか。
マルコ 12:25 人《ひと》が死《し》人《にん》の中《なか》からよみがえるときには、めとることも、とつぐこともなく、天《てん》の御《み》使《つか》いたちのようです。
マルコ 12:26 それに、死《し》人《にん》がよみがえることについては、モーセの書《しょ》にある柴《しば》の個《か》所《しょ》で、神《かみ》がモーセにどう語《かた》られたか、あなたがたは読《よ》んだことがないのですか。『わたしは、アブラハムの神《かみ》、イサクの神《かみ》、ヤコブの神《かみ》である』とあります。
マルコ 12:27 神《かみ》は死《し》んだ者《もの》の神《かみ》ではありません。生《い》きている者《もの》の神《かみ》です。あなたがたはたいへんな思《おも》い違《ちが》いをしています。」
マルコ 12:28 律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》がひとり来《き》て、その議《ぎ》論《ろん》を聞《き》いていたが、イエスがみごとに答《こた》えられたのを知《し》って、イエスに尋《たず》ねた。「すべての命《めい》令《れい》の中《なか》で、どれが一《いち》番《ばん》たいせつですか。」
マルコ 12:29 イエスは答《こた》えられた。「一《いち》番《ばん》たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞《き》け。われらの神《かみ》である主《しゅ》は、唯《ゆい》一《いつ》の主《しゅ》である。
マルコ 12:30 心《こころ》を尽《つ》くし、思《おも》いを尽《つ》くし、知《ち》性《せい》を尽《つ》くし、力《ちから》を尽《つ》くして、あなたの神《かみ》である主《しゅ》を愛《あい》せよ。』
マルコ 12:31 次《つぎ》にはこれです。『あなたの隣《となり》人《びと》をあなた自《じ》身《しん》のように愛《あい》せよ。』この二つより大《だい》事《じ》な命《めい》令《れい》は、ほかにありません。」
マルコ 12:32 そこで、この律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》は、イエスに言《い》った。「先《せん》生《せい》。そのとおりです。『主《しゅ》は唯《ゆい》一《いつ》であって、そのほかに、主《しゅ》はない』と言《い》われたのは、まさにそのとおりです。
マルコ 12:33 また『心《こころ》を尽《つ》くし、知《ち》恵《え》を尽《つ》くし、力《ちから》を尽《つ》くして主《しゅ》を愛《あい》し、また隣《となり》人《びと》をあなた自《じ》身《しん》のように愛《あい》する』ことは、どんな全《ぜん》焼《しょう》のいけにえや供《そな》え物《もの》よりも、ずっとすぐれています。」
マルコ 12:34 イエスは、彼《かれ》が賢《かしこ》い返《へん》事《じ》をしたのを見《み》て、言《い》われた。「あなたは神《かみ》の国《くに》から遠《とお》くない。」それから後《のち》は、だれもイエスにあえて尋《たず》ねる者《もの》がなかった。
マルコ 12:35 イエスが宮《みや》で教《おし》えておられたとき、こう言《い》われた。「律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちは、どうしてキリストをダビデの子《こ》と言《い》うのですか。
マルコ 12:36 ダビデ自《じ》身《しん》、聖《せい》霊《れい》によって、こう言《い》っています。『主《しゅ》は私の主《しゅ》に言《い》われた。「わたしがあなたの敵《てき》をあなたの足《あし》の下《した》に従《したが》わせるまでは、わたしの右《みぎ》の座《ざ》に着《つ》いていなさい。」』
マルコ 12:37 ダビデ自《じ》身《しん》がキリストを主《しゅ》と呼《よ》んでいるのに、どういうわけでキリストがダビデの子《こ》なのでしょう。」大《おお》ぜいの群《ぐん》衆《しゅう》は、イエスの言《い》われることを喜《よろこ》んで聞《き》いていた。
マルコ 12:38 イエスはその教《おし》えの中《なか》でこう言《い》われた。「律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちには気《き》をつけなさい。彼《かれ》らは、長《なが》い衣《ころも》をまとって歩《ある》き回《まわ》ったり、広《ひろ》場《ば》であいさつされたりすることが大《だい》好《す》きで、
マルコ 12:39 また会《かい》堂《どう》の上《じょう》席《せき》や、宴《えん》会《かい》の上《じょう》座《ざ》が大《だい》好《す》きです。
マルコ 12:40 また、やもめの家《いえ》を食《く》いつぶし、見《み》えを飾《かざ》るために長《なが》い祈《いの》りをします。こういう人《ひと》たちは人《ひと》一倍《ばい》きびしい罰《ばつ》を受《う》けるのです。」
マルコ 12:41 それから、イエスは献《けん》金《きん》箱《ばこ》に向《む》かってすわり、人《ひと》々《びと》が献《けん》金《きん》箱《ばこ》へ金《かね》を投《な》げ入《い》れる様《よう》子《す》を見《み》ておられた。多《おお》くの金《かね》持《も》ちが大《たい》金《きん》を投《な》げ入《い》れていた。
マルコ 12:42 そこへひとりの貧《まず》しいやもめが来《き》て、レプタ銅《どう》貨《か》を二つ投《な》げ入《い》れた。それは一コドラントに当《あ》たる。
マルコ 12:43 すると、イエスは弟《で》子《し》たちを呼《よ》び寄《よ》せて、こう言《い》われた。「まことに、あなたがたに告《つ》げます。この貧《まず》しいやもめは、献《けん》金《きん》箱《ばこ》に投《な》げ入《い》れていたどの人《ひと》よりもたくさん投《な》げ入《い》れました。
マルコ 12:44 みなは、あり余《あま》る中《なか》から投《な》げ入《い》れたのに、この女《おんな》は、乏《とぼ》しい中《なか》から、あるだけを全《ぜん》部《ぶ》、生《せい》活《かつ》費《ひ》の全《ぜん》部《ぶ》を投《な》げ入《い》れたからです。」
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