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2月09日
マルコ 3
| マルコ 3:1 イエスはまた会《かい》堂《どう》に入《はい》られた。そこに片《かた》手《て》のなえた人《ひと》がいた。 マルコ 3:2 彼《かれ》らは、イエスが安《あん》息《そく》日《にち》にその人《ひと》を直《なお》すかどうか、じっと見《み》ていた。イエスを訴《うった》えるためであった。 マルコ 3:3 イエスは手《て》のなえたその人《ひと》に「立《た》って真《ま》ん中《なか》に出《で》なさい」と言《い》われた。 マルコ 3:4 それから彼《かれ》らに、「安《あん》息《そく》日《にち》にしてよいのは、善《ぜん》を行《おこな》うことなのか、それとも悪《あく》を行《おこな》うことなのか。いのちを救《すく》うことなのか、それとも殺《ころ》すことなのか」と言《い》われた。彼《かれ》らは黙《だま》っていた。 マルコ 3:5 イエスは怒《いか》って彼《かれ》らを見《み》回《まわ》し、その心《こころ》のかたくななのを嘆《なげ》きながら、その人《ひと》に、「手《て》を伸《の》ばしなさい」と言《い》われた。彼《かれ》は手《て》を伸《の》ばした。するとその手《て》が元《もと》どおりになった。 マルコ 3:6 そこでパリサイ人《びと》たちは出《で》て行《い》って、すぐにヘロデ党《とう》の者《もの》たちといっしょになって、イエスをどのようにして葬《ほうむ》り去《さ》ろうかと相《そう》談《だん》を始《はじ》めた。 マルコ 3:7 それから、イエスは弟《で》子《し》たちとともに湖《みずうみ》のほうに退《しりぞ》かれた。すると、ガリラヤから出《で》て来《き》た大《おお》ぜいの人《ひと》々《びと》がついて行《い》った。また、ユダヤから、 マルコ 3:8 エルサレムから、イドマヤから、ヨルダンの川《かわ》向《む》こうやツロ、シドンあたりから、大《おお》ぜいの人《ひと》々《びと》が、イエスの行《おこな》っておられることを聞《き》いて、みもとにやって来《き》た。 マルコ 3:9 イエスは、大《おお》ぜいの人《ひと》なので、押《お》し寄《よ》せて来《こ》ないよう、ご自《じ》分《ぶん》のために小《こ》舟《ぶね》を用《よう》意《い》しておくように弟《で》子《し》たちに言《い》いつけられた。 マルコ 3:10 それは、多《おお》くの人《ひと》をいやされたので、病《びょう》気《き》に悩《なや》む人《ひと》たちがみな、イエスにさわろうとして、みもとに押《お》しかけて来《き》たからである。 マルコ 3:11 また、汚《けが》れた霊《れい》どもが、イエスを見《み》ると、みもとにひれ伏《ふ》し、「あなたこそ神《かみ》の子《こ》です」と叫《さけ》ぶのであった。 マルコ 3:12 イエスは、ご自《じ》身《しん》のことを知《し》らせないようにと、きびしく彼《かれ》らを戒《いまし》められた。 マルコ 3:13 さて、イエスは山《やま》に登《のぼ》り、ご自《じ》身《しん》のお望《のぞ》みになる者《もの》たちを呼《よ》び寄《よ》せられたので、彼《かれ》らはみもとに来《き》た。 マルコ 3:14 そこでイエスは十二弟《で》子《し》を任《にん》命《めい》された。それは、彼《かれ》らを身《み》近《ぢか》に置《お》き、また彼《かれ》らを遣《つか》わして福《ふく》音《いん》を宣《の》べさせ、 マルコ 3:15 悪《あく》霊《れい》を追《お》い出《だ》す権《けん》威《い》を持《も》たせるためであった。 マルコ 3:16 こうして、イエスは十二弟《で》子《し》を任《にん》命《めい》された。そして、シモンにはペテロという名《な》をつけ、 マルコ 3:17 ゼベダイの子《こ》ヤコブとヤコブの兄《きょう》弟《だい》ヨハネ、このふたりにはボアネルゲ、すなわち、雷《かみなり》の子《こ》という名《な》をつけられた。 マルコ 3:18 次《つぎ》に、アンデレ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルパヨの子《こ》ヤコブ、タダイ、熱《ねっ》心《しん》党《とう》員《いん》シモン、 マルコ 3:19 イスカリオテ・ユダ。このユダが、イエスを裏《うら》切《ぎ》ったのである。 マルコ 3:20 イエスが家《いえ》に戻《もど》られると、また大《おお》ぜいの人《ひと》が集《あつ》まって来《き》たので、みなは食《しょく》事《じ》する暇《ひま》もなかった。 マルコ 3:21 イエスの身《み》内《うち》の者《もの》たちが聞《き》いて、イエスを連《つ》れ戻《もど》しに出《で》て来《き》た。「気《き》が狂《くる》ったのだ」と言《い》う人《ひと》たちがいたからである。 マルコ 3:22 また、エルサレムから下《くだ》って来《き》た律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちも、「彼《かれ》は、ベルゼブルに取《と》りつかれている」と言《い》い、「悪《あく》霊《れい》どものかしらによって、悪《あく》霊《れい》どもを追《お》い出《だ》しているのだ」とも言《い》った。 マルコ 3:23 そこでイエスは彼《かれ》らをそばに呼《よ》んで、たとえによって話《はな》された。「サタンがどうしてサタンを追《お》い出《だ》せましょう。 マルコ 3:24 もし国《くに》が内《ない》部《ぶ》で分《ぶん》裂《れつ》したら、その国《くに》は立《た》ち行《ゆ》きません。 マルコ 3:25 また、家《いえ》が内《うち》輪《わ》もめをしたら、家《いえ》は立《た》ち行《ゆ》きません。 マルコ 3:26 サタンも、もし内《うち》輪《わ》の争《あらそ》いが起《お》こって分《ぶん》裂《れつ》していれば、立《た》ち行《ゆ》くことができないで滅《ほろ》びます。 マルコ 3:27 確《たし》かに、強《つよ》い人《ひと》の家《いえ》に押《お》し入《い》って家《か》財《ざい》を略《りゃく》奪《だつ》するには、まずその強《つよ》い人《ひと》を縛《しば》り上《あ》げなければなりません。そのあとでその家《いえ》を略《りゃく》奪《だつ》できるのです。 マルコ 3:28 まことに、あなたがたに告《つ》げます。人《ひと》はその犯《おか》すどんな罪《つみ》も赦《ゆる》していただけます。また、神《かみ》をけがすことを言《い》っても、それはみな赦《ゆる》していただけます。 マルコ 3:29 しかし、聖《せい》霊《れい》をけがす者《もの》はだれでも、永《えい》遠《えん》に赦《ゆる》されず、とこしえの罪《つみ》に定《さだ》められます。」 マルコ 3:30 このように言《い》われたのは、彼《かれ》らが、「イエスは、汚《けが》れた霊《れい》につかれている」と言《い》っていたからである。 マルコ 3:31 さて、イエスの母《はは》と兄《きょう》弟《だい》たちが来《き》て、外《そと》に立《た》っていて、人《ひと》をやり、イエスを呼《よ》ばせた。 マルコ 3:32 大《おお》ぜいの人《ひと》がイエスを囲《かこ》んですわっていたが、「ご覧《らん》なさい。あなたのお母《かあ》さんと兄《きょう》弟《だい》たちが、外《そと》であなたをたずねています」と言《い》った。 マルコ 3:33 すると、イエスは彼《かれ》らに答《こた》えて言《い》われた。「わたしの母《はは》とはだれのことですか。また、兄《きょう》弟《だい》たちとはだれのことですか。」 マルコ 3:34 そして、自《じ》分《ぶん》の回《まわ》りにすわっている人《ひと》たちを見《み》回《まわ》して言《い》われた。「ご覧《らん》なさい。わたしの母《はは》、わたしの兄《きょう》弟《だい》たちです。 マルコ 3:35 神《かみ》のみこころを行《おこな》う人《ひと》はだれでも、わたしの兄《きょう》弟《だい》、姉《し》妹《まい》、また母《はは》なのです。」 |
2月10日
マルコ 4
| マルコ 4:1 イエスはまた湖《みずうみ》のほとりで教《おし》え始《はじ》められた。おびただしい数《かず》の群《ぐん》衆《しゅう》がみもとに集《あつ》まった。それでイエスは湖《みずうみ》の上《うえ》の舟《ふね》に乗《の》り、そこに腰《こし》をおろされ、群《ぐん》衆《しゅう》はみな岸《きし》べの陸《りく》地《ち》にいた。 マルコ 4:2 イエスはたとえによって多《おお》くのことを教《おし》えられた。その教《おし》えの中《なか》でこう言《い》われた。 マルコ 4:3 「よく聞《き》きなさい。種《たね》を蒔《ま》く人《ひと》が種《たね》蒔《ま》きに出《で》かけた。 マルコ 4:4 蒔《ま》いているとき、種《たね》が道《みち》ばたに落《お》ちた。すると、鳥《とり》が来《き》て食《た》べてしまった。 マルコ 4:5 また、別《べつ》の種《たね》が土《つち》の薄《うす》い岩《いわ》地《ち》に落《お》ちた。土《つち》が深《ふか》くなかったので、すぐに芽《め》を出《だ》した。 マルコ 4:6 しかし日《ひ》が上《のぼ》ると、焼《や》けて、根《ね》がないために枯《か》れてしまった。 マルコ 4:7 また、別《べつ》の種《たね》がいばらの中《なか》に落《お》ちた。ところが、いばらが伸《の》びて、それをふさいでしまったので、実《み》を結《むす》ばなかった。 マルコ 4:8 また、別《べつ》の種《たね》が良《よ》い地《ち》に落《お》ちた。すると芽《め》ばえ、育《そだ》って、実《み》を結《むす》び、三十倍《ばい》、六十倍《ばい》、百倍《ばい》になった。」 マルコ 4:9 そしてイエスは言《い》われた。「聞《き》く耳《みみ》のある者《もの》は聞《き》きなさい。」 マルコ 4:10 さて、イエスだけになったとき、いつもつき従《したが》っている人《ひと》たちが、十二弟《で》子《し》とともに、これらのたとえのことを尋《たず》ねた。 マルコ 4:11 そこで、イエスは言《い》われた。「あなたがたには、神《かみ》の国《くに》の奥《おく》義《ぎ》が知《し》らされているが、ほかの人《ひと》たちには、すべてがたとえで言《い》われるのです。 マルコ 4:12 それは、『彼《かれ》らは確《たし》かに見《み》るには見《み》るがわからず、聞《き》くには聞《き》くが悟《さと》らず、悔《く》い改《あらた》めて赦《ゆる》されることのないため』です。」 マルコ 4:13 そして彼《かれ》らにこう言《い》われた。「このたとえがわからないのですか。そんなことで、いったいどうしてたとえの理《り》解《かい》ができましょう。 マルコ 4:14 種《たね》蒔《ま》く人《ひと》は、みことばを蒔《ま》くのです。 マルコ 4:15 みことばが道《みち》ばたに蒔《ま》かれるとは、こういう人《ひと》たちのことです‐‐みことばを聞《き》くと、すぐサタンが来《き》て、彼《かれ》らに蒔《ま》かれたみことばを持《も》ち去《さ》ってしまうのです。 マルコ 4:16 同《おな》じように、岩《いわ》地《ち》に蒔《ま》かれるとは、こういう人《ひと》たちのことです‐‐みことばを聞《き》くと、すぐに喜《よろこ》んで受《う》けるが、 マルコ 4:17 根《ね》を張《は》らないで、ただしばらく続《つづ》くだけです。それで、みことばのために困《こん》難《なん》や迫《はく》害《がい》が起《お》こると、すぐにつまずいてしまいます。 マルコ 4:18 もう一つの、いばらの中《なか》に種《たね》を蒔《ま》かれるとは、こういう人《ひと》たちのことです‐‐みことばを聞《き》いてはいるが、 マルコ 4:19 世《よ》の心《こころ》づかいや、富《とみ》の惑《まど》わし、その他《た》いろいろな欲《よく》望《ぼう》が入《はい》り込《こ》んで、みことばをふさぐので、実《み》を結《むす》びません。 マルコ 4:20 良《よ》い地《ち》に蒔《ま》かれるとは、みことばを聞《き》いて受《う》け入《い》れ、三十倍《ばい》、六十倍《ばい》、百倍《ばい》の実《み》を結《むす》ぶ人《ひと》たちです。」 マルコ 4:21 また言《い》われた。「あかりを持《も》って来《く》るのは、枡《ます》の下《した》や寝《しん》台《だい》の下《した》に置《お》くためでしょうか。燭《しょく》台《だい》の上《うえ》に置《お》くためではありませんか。 マルコ 4:22 隠《かく》れているのは、必《かなら》ず現《あらわ》れるためであり、おおい隠《かく》されているのは、明《あき》らかにされるためです。 マルコ 4:23 聞《き》く耳《みみ》のある者《もの》は聞《き》きなさい。」 マルコ 4:24 また彼《かれ》らに言《い》われた。「聞《き》いていることによく注《ちゅう》意《い》しなさい。あなたがたは、人《ひと》に量《はか》ってあげるその量《はか》りで、自《じ》分《ぶん》にも量《はか》り与《あた》えられ、さらにその上《うえ》に増《ま》し加《くわ》えられます。 マルコ 4:25 持《も》っている人《ひと》は、さらに与《あた》えられ、持《も》たない人《ひと》は、持《も》っているものまでも取《と》り上《あ》げられてしまいます。」 マルコ 4:26 また言《い》われた。「神《かみ》の国《くに》は、人《ひと》が地《ち》に種《たね》を蒔《ま》くようなもので、 マルコ 4:27 夜《よる》は寝《ね》て、朝《あさ》は起《お》き、そうこうしているうちに、種《たね》は芽《め》を出《だ》して育《そだ》ちます。どのようにしてか、人《ひと》は知《し》りません。 マルコ 4:28 地《ち》は人《ひと》手《で》によらず実《み》をならせるもので、初《はじ》めに苗《なえ》、次《つぎ》に穂《ほ》、次《つぎ》に穂《ほ》の中《なか》に実《み》が入《はい》ります。 マルコ 4:29 実《み》が熟《じゅく》すると、人《ひと》はすぐにかまを入《い》れます。収《しゅう》穫《かく》の時《とき》が来《き》たからです。」 マルコ 4:30 また言《い》われた。「神《か》の《み》国《くに》は、どのようなものと言《い》えばよいでしょう。何《なに》にたとえたらよいでしょう。 マルコ 4:31 それはからし種《だね》のようなものです。地《ち》に蒔《ま》かれるときには、地《ち》に蒔《ま》かれる種《たね》の中《なか》で、一《いち》番《ばん》小《ちい》さいのですが、 マルコ 4:32 それが蒔《ま》かれると、生《せい》長《ちょう》してどんな野《や》菜《さい》よりも大《おお》きくなり、大《おお》きな枝《えだ》を張《は》り、その陰《かげ》に空《そら》の鳥《とり》が巣《す》を作《つく》れるほどになります。」 マルコ 4:33 イエスは、このように多《おお》くのたとえで、彼《かれ》らの聞《き》く力《ちから》に応《おう》じて、みことばを話《はな》された。 マルコ 4:34 たとえによらないで話《はな》されることはなかった。ただ、ご自《じ》分《ぶん》の弟《で》子《し》たちにだけは、すべてのことを解《と》き明《あ》かされた。 マルコ 4:35 さて、その日《ひ》のこと、夕《ゆう》方《がた》になって、イエスは弟《で》子《し》たちに、「さあ、向《む》こう岸《ぎし》へ渡《わた》ろう」と言《い》われた。 マルコ 4:36 そこで弟《で》子《し》たちは、群《ぐん》衆《しゅう》をあとに残《のこ》し、舟《ふね》に乗《の》っておられるままで、イエスをお連《つ》れした。他《た》の舟《ふね》もイエスについて行《い》った。 マルコ 4:37 すると、激《はげ》しい突《とっ》風《ぷう》が起《お》こり、舟《ふね》は波《なみ》をかぶって、水《みず》でいっぱいになった。 マルコ 4:38 ところがイエスだけは、とものほうで、枕《まくら》をして眠《ねむ》っておられた。弟《で》子《し》たちはイエスを起《お》こして言《い》った。「先《せん》生《せい》。私たちがおぼれて死《し》にそうでも、何《なん》とも思《おも》われないのですか。」 マルコ 4:39 イエスは起《お》き上《あ》がって、風《かぜ》をしかりつけ、湖《みずうみ》に「黙《だま》れ、静《しず》まれ」と言《い》われた。すると風《かぜ》はやみ、大《おお》なぎになった。 マルコ 4:40 イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「どうしてそんなにこわがるのです。信《しん》仰《こう》がないのは、どうしたことです。」 マルコ 4:41 彼《かれ》らは大《おお》きな恐《きょう》怖《ふ》に包《つつ》まれて、互《たが》いに言《い》った。「風《かぜ》や湖《みずうみ》までが言《い》うことをきくとは、いったいこの方《かた》はどういう方《かた》なのだろう。」 |
2月11日
マルコ 5
| マルコ 5:1 こうして彼《かれ》らは湖《みずうみ》の向《む》こう岸《ぎし》、ゲラサ人《じん》の地《ち》に着《つ》いた。 マルコ 5:2 イエスが舟《ふね》から上《あ》がられると、すぐに、汚《けが》れた霊《れい》につかれた人《ひと》が墓《はか》場《ば》から出《で》て来《き》て、イエスを迎《むか》えた。 マルコ 5:3 この人《ひと》は墓《はか》場《ば》に住《す》みついており、もはやだれも、鎖《くさり》をもってしても、彼《かれ》をつないでおくことができなかった。 マルコ 5:4 彼《かれ》はたびたび足《あし》かせや鎖《くさり》でつながれたが、鎖《くさり》を引《ひ》きちぎり、足《あし》かせも砕《くだ》いてしまったからで、だれにも彼《かれ》を押《お》さえるだけの力《ちから》がなかったのである。 マルコ 5:5 それで彼《かれ》は、夜《よる》昼《ひる》となく、墓《はか》場《ば》や山《やま》で叫《さけ》び続《つづ》け、石《いし》で自《じ》分《ぶん》のからだを傷《きず》つけていた。 マルコ 5:6 彼《かれ》はイエスを遠《とお》くから見《み》つけ、駆《か》け寄《よ》って来《き》てイエスを拝《はい》し、 マルコ 5:7 大《おお》声《ごえ》で叫《さけ》んで言《い》った。「いと高《たか》き神《かみ》の子《こ》、イエスさま。いったい私に何《なに》をしようというのですか。神《かみ》の御《み》名《な》によってお願《ねが》いします。どうか私を苦《くる》しめないでください。」 マルコ 5:8 それは、イエスが、「汚《けが》れた霊《れい》よ。この人《ひと》から出《で》て行《い》け」と言《い》われたからである。 マルコ 5:9 それで、「おまえの名《な》は何《なに》か」とお尋《たず》ねになると、「私の名《な》はレギオンです。私たちは大《おお》ぜいですから」と言《い》った。 マルコ 5:10 そして、自《じ》分《ぶん》たちをこの地《ち》方《ほう》から追《お》い出《だ》さないでくださいと懇《こん》願《がん》した。 マルコ 5:11 ところで、そこの山《さん》腹《ぷく》に、豚《ぶた》の大《たい》群《ぐん》が飼《か》ってあった。 マルコ 5:12 彼《かれ》らはイエスに願《ねが》って言《い》った。「私たちを豚《ぶた》の中《なか》に送《おく》って、彼《かれ》らに乗《の》り移《うつ》らせてください。」 マルコ 5:13 イエスがそれを許《ゆる》されたので、汚《けが》れた霊《れい》どもは出《で》て行《い》って、豚《ぶた》に乗《の》り移《うつ》った。すると、二千匹《びき》ほどの豚《ぶた》の群《む》れが、険《けわ》しいがけを駆《か》け降《お》り、湖《みずうみ》へなだれ落《お》ちて、湖《みずうみ》におぼれてしまった。 マルコ 5:14 豚《ぶた》を飼《か》っていた者《もの》たちは逃《に》げ出《だ》して、町《まち》や村《むら》々《むら》でこの事《こと》を告《つ》げ知《し》らせた。人《ひと》々《びと》は何《なに》事《ごと》が起《お》こったのかと見《み》にやって来《き》た。 マルコ 5:15 そして、イエスのところに来《き》て、悪《あく》霊《れい》につかれていた人《ひと》、すなわちレギオンを宿《やど》していた人《ひと》が、着《き》物《もの》を着《き》て、正《しょう》気《き》に返《かえ》ってすわっているのを見《み》て、恐《おそ》ろしくなった。 マルコ 5:16 見《み》ていた人《ひと》たちが、悪《あく》霊《れい》につかれていた人《ひと》に起《お》こったことや、豚《ぶた》のことを、つぶさに彼《かれ》らに話《はな》して聞《き》かせた。 マルコ 5:17 すると、彼《かれ》らはイエスに、この地《ち》方《ほう》から離《はな》れてくださるよう願《ねが》った。 マルコ 5:18 それでイエスが舟《ふね》に乗《の》ろうとされると、悪《あく》霊《れい》につかれていた人《ひと》が、お供《とも》をしたいとイエスに願《ねが》った。 マルコ 5:19 しかし、お許《ゆる》しにならないで、彼《かれ》にこう言《い》われた。「あなたの家《いえ》、あなたの家《か》族《ぞく》のところに帰《かえ》り、主《しゅ》があなたに、どんなに大《おお》きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知《し》らせなさい。」 マルコ 5:20 そこで、彼《かれ》は立《た》ち去《さ》り、イエスが自《じ》分《ぶん》にどんなに大《おお》きなことをしてくださったかを、デカポリスの地《ち》方《ほう》で言《い》い広《ひろ》め始《はじ》めた。人《ひと》々《びと》はみな驚《おどろ》いた。 マルコ 5:21 イエスが舟《ふね》でまた向《む》こう岸《ぎし》へ渡《わた》られると、大《おお》ぜいの人《ひと》の群《む》れがみもとに集《あつ》まった。イエスは岸《きし》べにとどまっておられた。 マルコ 5:22 すると、会《かい》堂《どう》管《かん》理《り》者《しゃ》のひとりでヤイロという者《もの》が来《き》て、イエスを見《み》て、その足《あし》もとにひれ伏《ふ》し、 マルコ 5:23 いっしょうけんめい願《ねが》ってこう言《い》った。「私の小《ちい》さい娘《むすめ》が死《し》にかけています。どうか、おいでくださって、娘《むすめ》の上《うえ》に御《み》手《て》を置《お》いてやってください。娘《むすめ》が直《なお》って、助《たす》かるようにしてください。」 マルコ 5:24 そこで、イエスは彼《かれ》といっしょに出《で》かけられたが、多《おお》くの群《ぐん》衆《しゅう》がイエスについて来《き》て、イエスに押《お》し迫《せま》った。 マルコ 5:25 ところで、十二年《ねん》の間《あいだ》長《なが》血《ち》をわずらっている女《おんな》がいた。 マルコ 5:26 この女《おんな》は多《おお》くの医《い》者《しゃ》からひどいめに会《あ》わされて、自《じ》分《ぶん》の持《も》ち物《もの》をみな使《つか》い果《は》たしてしまったが、何《なん》のかいもなく、かえって悪《わる》くなる一《いっ》方《ぽう》であった。 マルコ 5:27 彼《かの》女《じょ》は、イエスのことを耳《みみ》にして、群《ぐん》衆《しゅう》の中《なか》に紛《まぎ》れ込《こ》み、うしろから、イエスの着《き》物《もの》にさわった。 マルコ 5:28 「お着《き》物《もの》にさわることでもできれば、きっと直《なお》る」と考え《かん》て《が》いたからである。 マルコ 5:29 すると、すぐに、血《ち》の源《みなもと》がかれて、ひどい痛《いた》みが直《なお》ったことを、からだに感《かん》じた。 マルコ 5:30 イエスも、すぐに、自《じ》分《ぶん》のうちから力《ちから》が外《そと》に出《で》て行《い》ったことに気《き》づいて、群《ぐん》衆《しゅう》の中《なか》を振《ふ》り向《む》いて、「だれがわたしの着《き》物《もの》にさわったのですか」と言《い》われた。 マルコ 5:31 そこで弟《で》子《し》たちはイエスに言《い》った。「群《ぐん》衆《しゅう》があなたに押《お》し迫《せま》っているのをご覧《らん》になっていて、それでも『だれがわたしにさわったのか』とおっしゃるのですか。」 マルコ 5:32 イエスは、それをした人《ひと》を知《し》ろうとして、見《み》回《まわ》しておられた。 マルコ 5:33 女《おんな》は恐《おそ》れおののき、自《じ》分《ぶん》の身《み》に起《お》こった事《こと》を知《し》り、イエスの前《まえ》に出《で》てひれ伏《ふ》し、イエスに真《しん》実《じつ》を余《あま》すところなく打《う》ち明《あ》けた。 マルコ 5:34 そこで、イエスは彼《かの》女《じょ》にこう言《い》われた。「娘《むすめ》よ。あなたの信《しん》仰《こう》があなたを直《なお》したのです。安《あん》心《しん》して帰《かえ》りなさい。病《びょう》気《き》にかからず、すこやかでいなさい。」 マルコ 5:35 イエスが、まだ話《はな》しておられるときに、会《かい》堂《どう》管《かん》理《り》者《しゃ》の家《いえ》から人《ひと》がやって来《き》て言《い》った。「あなたのお嬢《じょう》さんはなくなりました。なぜ、このうえ先《せん》生《せい》を煩《わずら》わすことがありましょう。」 マルコ 5:36 イエスは、その話《はなし》のことばをそばで聞《き》いて、会《かい》堂《どう》管《かん》理《り》者《しゃ》に言《い》われた。「恐《お》れ《そ》ないで、ただ信《しん》じていなさい。」 マルコ 5:37 そして、ペテロとヤコブとヤコブの兄《きょう》弟《だい》ヨハネのほかは、だれも自《じ》分《ぶん》といっしょに行《い》くのをお許《ゆる》しにならなかった。 マルコ 5:38 彼《かれ》らはその会《かい》堂《どう》管《かん》理《り》者《しゃ》の家《いえ》に着《つ》いた。イエスは、人《ひと》々《びと》が、取《と》り乱《みだ》し、大《おお》声《ごえ》で泣《な》いたり、わめいたりしているのをご覧《らん》になり、 マルコ 5:39 中《なか》に入《はい》って、彼《かれ》らにこう言《い》われた。「なぜ取《と》り乱《みだ》して、泣《な》くのですか。子《こ》どもは死《し》んだのではない。眠《ねむ》っているのです。」 マルコ 5:40 人《ひと》々《びと》はイエスをあざ笑《わら》った。しかし、イエスはみんなを外《そと》に出《だ》し、ただその子《こ》どもの父《ちち》と母《はは》、それにご自《じ》分《ぶん》の供《とも》の者《もの》たちだけを伴《ともな》って、子《こ》どものいる所《ところ》へ入《はい》って行《い》かれた。 マルコ 5:41 そして、その子《こ》どもの手《て》を取《と》って、「タリタ、クミ」と言《い》われた。(訳《やく》して言《い》えば、「少《しょう》女《じょ》よ。あなたに言《い》う。起《お》きなさい」という意《い》味《み》である。) マルコ 5:42 すると、少《しょう》女《じょ》はすぐさま起《お》き上《あ》がり、歩《ある》き始《はじ》めた。十二歳《さい》にもなっていたからである。彼《かれ》らはたちまち非《ひ》常《じょう》な驚《おどろ》きに包《つつ》まれた。 マルコ 5:43 イエスは、このことをだれにも知《し》らせないようにと、きびしくお命《めい》じになり、さらに、少《しょう》女《じょ》に食《しょく》事《じ》をさせるように言《い》われた。 |
2月12日
マルコ 6
| マルコ 6:1 イエスはそこを去《さ》って、郷《きょう》里《り》に行《い》かれた。弟《で》子《し》たちもついて行《い》った。 マルコ 6:2 安《あん》息《そく》日《にち》になったとき、会《かい》堂《どう》で教《おし》え始《はじ》められた。それを聞《き》いた多《おお》くの人《ひと》々《びと》は驚《おどろ》いて言《い》った。「この人《ひと》は、こういうことをどこから得《え》たのでしょう。この人《ひと》に与《あた》えられた知《ち》恵《え》や、この人《ひと》の手《て》で行《おこな》われるこのような力《ちから》あるわざは、いったい何《なん》でしょう。 マルコ 6:3 この人《ひと》は大《だい》工《く》ではありませんか。マリヤの子《こ》で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄《きょう》弟《だい》ではありませんか。その妹《いもうと》たちも、私たちとここに住《す》んでいるではありませんか。」こうして彼《かれ》らはイエスにつまずいた。 マルコ 6:4 イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「預《よ》言《げん》者《しゃ》が尊《そん》敬《けい》されないのは、自《じ》分《ぶん》の郷《きょう》里《り》、親《しん》族《ぞく》、家《か》族《ぞく》の間《あいだ》だけです。」 マルコ 6:5 それで、そこでは何《なに》一つ力《ちから》あるわざを行《おこな》うことができず、少《しょう》数《すう》の病《びょう》人《にん》に手《て》を置《お》いていやされただけであった。 マルコ 6:6 イエスは彼《かれ》らの不《ふ》信《しん》仰《こう》に驚《おどろ》かれた。それからイエスは、近《ちか》くの村《むら》々《むら》を教《おし》えて回《まわ》られた。 マルコ 6:7 また、十二弟《で》子《し》を呼《よ》び、ふたりずつ遣《つか》わし始《はじ》め、彼《かれ》らに汚《けが》れた霊《れい》を追《お》い出《だ》す権《けん》威《い》をお与《あた》えになった。 マルコ 6:8 また、彼《かれ》らにこう命《めい》じられた。「旅《たび》のためには、杖《つえ》一本《ぽん》のほかは、何《なに》も持《も》って行《い》ってはいけません。パンも、袋《ふくろ》も、胴《どう》巻《まき》に金《かね》も持《も》って行《い》ってはいけません。 マルコ 6:9 くつは、はきなさい。しかし二枚《まい》の下《した》着《ぎ》を着《き》てはいけません。」 マルコ 6:10 また、彼《かれ》らに言《い》われた。「どこででも一軒《けん》の家《いえ》に入《はい》ったら、そこの土《と》地《ち》から出《で》て行《い》くまでは、その家《いえ》にとどまっていなさい。 マルコ 6:11 もし、あなたがたを受《う》け入《い》れない場《ば》所《しょ》、また、あなたがたに聞《き》こうとしない人《ひと》々《びと》なら、そこから出《で》て行《い》くときに、そこの人《ひと》々《びと》に対《たい》する証《しょう》言《げん》として、足《あし》の裏《うら》のちりを払《はら》い落《お》としなさい。」 マルコ 6:12 こうして十二人《にん》が出《で》て行《い》き、悔《く》い改《あらた》めを説《と》き広《ひろ》め、 マルコ 6:13 悪《あく》霊《れい》を多《おお》く追《お》い出《だ》し、大《おお》ぜいの病《びょう》人《にん》に油《あぶら》を塗《ぬ》っていやした。 マルコ 6:14 イエスの名《な》が知《し》れ渡《わた》ったので、ヘロデ王《おう》の耳《みみ》にも入《はい》った。人《ひと》々《びと》は、「バプテスマのヨハネが死《し》人《にん》の中《なか》からよみがえったのだ。だから、あんな力《ちから》が、彼《かれ》のうちに働《はたら》いているのだ」と言《い》っていた。 マルコ 6:15 別《べつ》の人《ひと》々《びと》は、「彼《かれ》はエリヤだ」と言《い》い、さらに別《べつ》の人《ひと》々《びと》は、「昔《むかし》の預《よ》言《げん》者《しゃ》の中《なか》のひとりのような預《よ》言《げん》者《しゃ》だ」と言《い》っていた。 マルコ 6:16 しかし、ヘロデはうわさを聞《き》いて、「私が首《くび》をはねたあのヨハネが生《い》き返《かえ》ったのだ」と言《い》っていた。 マルコ 6:17 実《じつ》は、このヘロデが、自《じ》分《ぶん》の兄《きょう》弟《だい》ピリポの妻《つま》ヘロデヤのことで、‐‐ヘロデはこの女《おんな》を妻《つま》としていた‐‐人《ひと》をやってヨハネを捕《と》らえ、牢《ろう》につないだのであった。 マルコ 6:18 これは、ヨハネがヘロデに、「あなたが兄《きょう》弟《だい》の妻《つま》を自《じ》分《ぶん》のものとしていることは不《ふ》法《ほう》です」と言《い》い張《は》ったからである。 マルコ 6:19 ところが、ヘロデヤはヨハネを恨《うら》み、彼《かれ》を殺《ころ》したいと思《おも》いながら、果《は》たせないでいた。 マルコ 6:20 それはヘロデが、ヨハネを正《ただ》しい聖《せい》なる人《ひと》と知《し》って、彼《かれ》を恐《おそ》れ、保《ほ》護《ご》を加《くわ》えていたからである。また、ヘロデはヨハネの教《おし》えを聞《き》くとき、非《ひ》常《じょう》に当《とう》惑《わく》しながらも、喜《よろこ》んで耳《みみ》を傾《かたむ》けていた。 マルコ 6:21 ところが、良《よ》い機《き》会《かい》が訪《おとず》れた。ヘロデがその誕《たん》生《じょう》日《び》に、重《じゅう》臣《しん》や、千《せん》人《にん》隊《たい》長《ちょう》や、ガリラヤのおもだった人《ひと》などを招《まね》いて、祝《しゅく》宴《えん》を設《もう》けたとき、 マルコ 6:22 ヘロデヤの娘《むすめ》が入《はい》って来《き》て、踊《おど》りを踊《おど》ったので、ヘロデも列《れっ》席《せき》の人《ひと》々《びと》も喜《よろこ》んだ。そこで王《おう》は、この少《しょう》女《じょ》に、「何《なん》でもほしい物《もの》を言《い》いなさい。与《あた》えよう」と言《い》った。 マルコ 6:23 また、「おまえの望《のぞ》む物《もの》なら、私の国《くに》の半《はん》分《ぶん》でも、与《あた》えよう」と言《い》って、誓《ちか》った。 マルコ 6:24 そこで少《しょう》女《じょ》は出《で》て行《い》って、「何《なに》を願《ねが》いましょうか」とその母《はは》親《おや》に言《い》った。すると母《はは》親《おや》は、「バプテスマのヨハネの首《くび》」と言《い》った。 マルコ 6:25 そこで少《しょう》女《じょ》はすぐに、大《おお》急《いそ》ぎで王《おう》の前《まえ》に行《い》き、こう言《い》って頼《たの》んだ。「今《いま》すぐに、バプテスマのヨハネの首《くび》を盆《ぼん》に載《の》せていただきとうございます。」 マルコ 6:26 王《おう》は非《ひ》常《じょう》に心《こころ》を痛《いた》めたが、自《じ》分《ぶん》の誓《ちか》いもあり、列《れっ》席《せき》の人《ひと》々《びと》の手《て》前《まえ》もあって、少《しょう》女《じょ》の願《ねが》いを退《しりぞ》けることを好《この》まなかった。 マルコ 6:27 そこで王《おう》は、すぐに護《ご》衛《えい》兵《へい》をやって、ヨハネの首《くび》を持《も》って来《く》るように命《めい》令《れい》した。護《ご》衛《えい》兵《へい》は行《い》って、牢《ろう》の中《なか》でヨハネの首《くび》をはね、 マルコ 6:28 その首《くび》を盆《ぼん》に載《の》せて持《も》って来《き》て、少《しょう》女《じょ》に渡《わた》した。少《しょう》女《じょ》は、それを母《はは》親《おや》に渡《わた》した。 マルコ 6:29 ヨハネの弟《で》子《し》たちは、このことを聞《き》いたので、やって来《き》て、遺《い》体《たい》を引《ひ》き取《と》り、墓《はか》に納《おさ》めたのであった。 マルコ 6:30 さて、使《し》徒《と》たちは、イエスのもとに集《あつ》まって来《き》て、自《じ》分《ぶん》たちのしたこと、教《おし》えたことを残《のこ》らずイエスに報《ほう》告《こく》した。 マルコ 6:31 そこでイエスは彼《かれ》らに、「さあ、あなたがただけで、寂《さび》しい所《ところ》へ行《い》って、しばらく休《やす》みなさい」と言《い》われた。人《ひと》々《びと》の出《で》入《い》りが多《おお》くて、ゆっくり食《しょく》事《じ》する時《じ》間《かん》さえなかったからである。 マルコ 6:32 そこで彼《かれ》らは、舟《ふね》に乗《の》って、自《じ》分《ぶん》たちだけで寂《さび》しい所《ところ》へ行《い》った。 マルコ 6:33 ところが、多《おお》くの人《ひと》々《びと》が、彼《かれ》らの出《で》て行《い》くのを見《み》、それと気《き》づいて、方《ほう》々《ぼう》の町《まち》々《まち》からそこへ徒《と》歩《ほ》で駆《か》けつけ、彼《かれ》らよりも先《さき》に着《つ》いてしまった。 マルコ 6:34 イエスは、舟《ふね》から上《あ》がられると、多《おお》くの群《ぐん》衆《しゅう》をご覧《らん》になった。そして彼《かれ》らが羊《ひつじ》飼《か》いのいない羊《ひつじ》のようであるのを深《ふか》くあわれみ、いろいろと教《おし》え始《はじ》められた。 マルコ 6:35 そのうち、もう時《じ》刻《こく》もおそくなったので、弟《で》子《し》たちはイエスのところに来《き》て言《い》った。「ここはへんぴな所《ところ》で、もう時《じ》刻《こく》もおそくなりました。 マルコ 6:36 みんなを解《かい》散《さん》させてください。そして、近《ちか》くの部《ぶ》落《らく》や村《むら》に行《い》って何《なに》か食《た》べる物《もの》をめいめいで買《か》うようにさせてください。」 マルコ 6:37 すると、彼《かれ》らに答《こた》えて言《い》われた。「あなたがたで、あの人《ひと》たちに何《なに》か食《た》べる物《もの》を上《あ》げなさい。」そこで弟《で》子《し》たちは言《い》った。「私たちが出《で》かけて行《い》って、二百デナリものパンを買《か》ってあの人《ひと》たちに食《た》べさせるように、ということでしょうか。」 マルコ 6:38 するとイエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「パンはどれぐらいありますか。行《い》って見《み》て来《き》なさい。」彼《かれ》らは確《たし》かめて言《い》った。「五つです。それと魚《うお》が二匹《ひき》です。」 マルコ 6:39 イエスは、みなを、それぞれ組《くみ》にして青《あお》草《くさ》の上《うえ》にすわらせるよう、弟《で》子《し》たちにお命《めい》じになった。 マルコ 6:40 そこで人《ひと》々《びと》は、百人《にん》、五十人《にん》と固《かた》まって席《せき》に着《つ》いた。 マルコ 6:41 するとイエスは、五つのパンと二匹《ひき》の魚《うお》を取《と》り、天《てん》を見《み》上《あ》げて祝《しゅく》福《ふく》を求《もと》め、パンを裂《さ》き、人《ひと》々《びと》に配《くば》るように弟《で》子《し》たちに与《あた》えられた。また、二匹《ひき》の魚《うお》もみなに分《わ》けられた。 マルコ 6:42 人《ひと》々《びと》はみな、食《た》べて満《まん》腹《ぷく》した。 マルコ 6:43 そして、パン切《き》れを十二のかごにいっぱい取《と》り集《あつ》め、魚《うお》の残《のこ》りも取《と》り集《あつ》めた。 マルコ 6:44 パンを食《た》べたのは、男《おとこ》が五千人《にん》であった。 マルコ 6:45 それからすぐに、イエスは弟《で》子《し》たちを強《し》いて舟《ふね》に乗《の》り込《こ》ませ、先《さき》に向《む》こう岸《ぎし》のベツサイダに行《い》かせ、ご自《じ》分《ぶん》は、その間《あいだ》に群《ぐん》衆《しゅう》を解《かい》散《さん》させておられた。 マルコ 6:46 それから、群《ぐん》衆《しゅう》に別《わか》れ、祈《いの》るために、そこを去《さ》って山《やま》のほうに向《む》かわれた。 マルコ 6:47 夕《ゆう》方《がた》になったころ、舟《ふね》は湖《みずうみ》の真《ま》ん中《なか》に出《で》ており、イエスだけが陸《りく》地《ち》におられた。 マルコ 6:48 イエスは、弟《で》子《し》たちが、向《む》かい風《かぜ》のために漕《こ》ぎあぐねているのをご覧《らん》になり、夜《よ》中《なか》の三時《じ》ごろ、湖《みずうみ》の上《うえ》を歩《ある》いて、彼《かれ》らに近《ちか》づいて行《い》かれたが、そのままそばを通《とお》り過《す》ぎようとのおつもりであった。 マルコ 6:49 しかし、弟《で》子《し》たちは、イエスが湖《みずうみ》の上《うえ》を歩《ある》いておられるのを見《み》て、幽《ゆう》霊《れい》だと思《おも》い、叫《さけ》び声《ごえ》をあげた。 マルコ 6:50 というのは、みなイエスを見《み》ておびえてしまったからである。しかし、イエスはすぐに彼《かれ》らに話《はな》しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐《おそ》れることはない」と言《い》われた。 マルコ 6:51 そして舟《ふね》に乗《の》り込《こ》まれると、風《かぜ》がやんだ。彼《かれ》らの心《しん》中《ちゅう》の驚《おどろ》きは非《ひ》常《じょう》なものであった。 マルコ 6:52 というのは、彼《かれ》らはまだパンのことから悟《さと》るところがなく、その心《こころ》は堅《かた》く閉《と》じていたからである。 マルコ 6:53 彼《かれ》らは湖《みずうみ》を渡《わた》って、ゲネサレの地《ち》に着《つ》き、舟《ふね》をつないだ。 マルコ 6:54 そして、彼《かれ》らが舟《ふね》から上《あ》がると、人《ひと》々《びと》はすぐにイエスだと気《き》がついて、 マルコ 6:55 そのあたりをくまなく走《はし》り回《まわ》り、イエスがおられると聞《き》いた場《ば》所《しょ》へ、病《びょう》人《にん》を床《とこ》に載《の》せて運《はこ》んで来《き》た。 マルコ 6:56 イエスが入《はい》って行《い》かれると、村《むら》でも町《まち》でも部《ぶ》落《らく》でも、人《ひと》々《びと》は病《びょう》人《にん》たちを広《ひろ》場《ば》に寝《ね》かせ、そして、せめて、イエスの着《き》物《もの》の端《はし》にでもさわらせてくださるようにと願《ねが》った。そして、さわった人《ひと》々《びと》はみな、いやされた。 |
2月13日
マルコ 7
| マルコ 7:1 さて、パリサイ人《びと》たちと幾《いく》人《にん》かの律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》がエルサレムから来《き》ていて、イエスの回《まわ》りに集《あつ》まった。 マルコ 7:2 イエスの弟《で》子《し》のうちに、汚《けが》れた手《て》で、すなわち洗《あら》わない手《て》でパンを食《た》べている者《もの》があるのを見《み》て、 マルコ 7:3 ‐‐パリサイ人《びと》をはじめユダヤ人《じん》はみな、昔《むかし》の人《ひと》たちの言《い》い伝《つた》えを堅《かた》く守《まも》って、手《て》をよく洗《あら》わないでは食《しょく》事《じ》をせず、 マルコ 7:4 また、市《いち》場《ば》から帰《かえ》ったときには、からだをきよめてからでないと食《しょく》事《じ》をしない。まだこのほかにも、杯《さかずき》、水《みず》差《さ》し、銅《どう》器《き》を洗《あら》うことなど、堅《かた》く守《まも》るように伝《つた》えられた、しきたりがたくさんある‐‐ マルコ 7:5 パリサイ人《びと》と律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちは、イエスに尋《たず》ねた。「なぜ、あなたの弟《で》子《し》たちは、昔《むかし》の人《ひと》たちの言《い》い伝《つた》えに従《したが》って歩《あゆ》まないで、汚《けが》れた手《て》でパンを食《た》べるのですか。」 マルコ 7:6 イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「イザヤはあなたがた偽《ぎ》善《ぜん》者《しゃ》について預《よ》言《げん》をして、こう書《か》いているが、まさにそのとおりです。『この民《たみ》は、口《くち》先《さき》ではわたしを敬《うやま》うが、その心《こころ》は、わたしから遠《とお》く離《はな》れている。 マルコ 7:7 彼《かれ》らが、わたしを拝《おが》んでも、むだなことである。人《にん》間《げん》の教《おし》えを、教《おし》えとして教《おし》えるだけだから。』 マルコ 7:8 あなたがたは、神《かみ》の戒《いまし》めを捨《す》てて、人《にん》間《げん》の言《い》い伝《つた》えを堅《かた》く守《まも》っている。」 マルコ 7:9 また言《い》われた。「あなたがたは、自《じ》分《ぶん》たちの言《い》い伝《つた》えを守《まも》るために、よくも神《かみ》の戒《いまし》めをないがしろにしたものです。 マルコ 7:10 モーセは、『あなたの父《ちち》と母《はは》を敬《うやま》え』、また『父《ちち》や母《はは》をののしる者《もの》は死《し》刑《けい》に処《しょ》せられる』と言《い》っています。 マルコ 7:11 それなのに、あなたがたは、もし人《ひと》が父《ちち》や母《はは》に向《む》かって、私からあなたのために上《あ》げられる物《もの》は、コルバン(すなわち、ささげ物《もの》)になりました、と言《い》えば、 マルコ 7:12 その人《ひと》には、父《ちち》や母《はは》のために、もはや何《なに》もさせないようにしています。 マルコ 7:13 こうしてあなたがたは、自《じ》分《ぶん》たちが受《う》け継《つ》いだ言《い》い伝《つた》えによって、神《かみ》のことばを空《くう》文《ぶん》にしています。そして、これと同《おな》じようなことを、たくさんしているのです。」 マルコ 7:14 イエスは再《ふたた》び群《ぐん》衆《しゅう》を呼《よ》び寄《よ》せて言《い》われた。「みな、わたしの言《い》うことを聞《き》いて、悟《さと》るようになりなさい。 マルコ 7:15 外《そと》側《がわ》から人《ひと》に入《はい》って、人《ひと》を汚《けが》すことのできる物《もの》は何《なに》もありません。人《ひと》から出《で》て来《く》るものが、人《ひと》を汚《けが》すものなのです。」 - マルコ 7:17 イエスが群《ぐん》衆《しゅう》を離《はな》れて、家《いえ》に入《はい》られると、弟《で》子《し》たちは、このたとえについて尋《たず》ねた。 マルコ 7:18 イエスは言《い》われた。「あなたがたまで、そんなにわからないのですか。外《そと》側《がわ》から人《ひと》に入《はい》って来《く》る物《もの》は人《ひと》を汚《けが》すことができない、ということがわからないのですか。 マルコ 7:19 そのような物《もの》は、人《ひと》の心《こころ》には、入《はい》らないで、腹《はら》に入《はい》り、そして、かわやに出《だ》されてしまうのです。」イエスは、このように、すべての食《しょく》物《もつ》をきよいとされた。 マルコ 7:20 また言《い》われた。「人《ひ》か《と》ら出《で》るもの、これが、人《ひと》を汚《けが》すのです。 マルコ 7:21 内《うち》側《がわ》から、すなわち、人《ひと》の心《こころ》から出《で》て来《く》るものは、悪《わる》い考《かんが》え、不《ふ》品《ひん》行《こう》、盗《ぬす》み、殺《さつ》人《じん》、 マルコ 7:22 姦《かん》淫《いん》、貪《どん》欲《よく》、よこしま、欺《あざむ》き、好《こう》色《しょく》、ねたみ、そしり、高《たか》ぶり、愚《おろ》かさであり、 マルコ 7:23 これらの悪《あく》はみな、内《うち》側《がわ》から出《で》て、人《ひと》を汚《けが》すのです。」 マルコ 7:24 イエスは、そこを出《で》てツロの地《ち》方《ほう》へ行《い》かれた。家《いえ》に入《はい》られたとき、だれにも知《し》られたくないと思《おも》われたが、隠《かく》れていることはできなかった。 マルコ 7:25 汚《けが》れた霊《れい》につかれた小《ちい》さい娘《むすめ》のいる女《おんな》が、イエスのことを聞《き》きつけてすぐにやって来《き》て、その足《あし》もとにひれ伏《ふ》した。 マルコ 7:26 この女《おんな》はギリシヤ人《じん》で、スロ・フェニキヤの生《う》まれであった。そして、自《じ》分《ぶん》の娘《むすめ》から悪《あく》霊《れい》を追《お》い出《だ》してくださるようにイエスに願《ねが》い続《つづ》けた。 マルコ 7:27 するとイエスは言《い》われた。「まず子《こ》どもたちに満《まん》腹《ぷく》させなければなりません。子《こ》どもたちのパンを取《と》り上《あ》げて、小《こ》犬《いぬ》に投《な》げてやるのはよくないことです。」 マルコ 7:28 しかし、女《おんな》は答《こた》えて言《い》った。「主《しゅ》よ。そのとおりです。でも、食《しょく》卓《たく》の下《した》の小《こ》犬《いぬ》でも、子《こ》どもたちのパンくずをいただきます。」 マルコ 7:29 そこでイエスは言《い》われた。「そうまで言《い》うのですか。それなら家《いえ》にお帰《かえ》りなさい。悪《あく》霊《れい》はあなたの娘《むすめ》から出《で》て行《い》きました。」 マルコ 7:30 女《おんな》が家《いえ》に帰《かえ》ってみると、その子《こ》は床《とこ》の上《うえ》に伏《ふ》せっており、悪《あく》霊《れい》はもう出《で》ていた。 マルコ 7:31 それから、イエスはツロの地《ち》方《ほう》を去《さ》り、シドンを通《とお》って、もう一度《ど》、デカポリス地《ち》方《ほう》のあたりのガリラヤ湖《こ》に来《こ》られた。 マルコ 7:32 人《ひと》々《びと》は、耳《みみ》が聞《き》こえず、口《くち》のきけない人《ひと》を連《つ》れて来《き》て、彼《かれ》の上《うえ》に手《て》を置《お》いてくださるよう、願《ねが》った。 マルコ 7:33 そこで、イエスは、その人《ひと》だけを群《ぐん》衆《しゅう》の中《なか》から連《つ》れ出《だ》し、その両《りょう》耳《みみ》に指《ゆび》を差《さ》し入《い》れ、それからつばきをして、その人《ひと》の舌《した》にさわられた。 マルコ 7:34 そして、天《てん》を見《み》上《あ》げ、深《ふか》く嘆《たん》息《そく》して、その人《ひと》に「エパタ」すなわち、「開《ひら》け」と言《い》われた。 マルコ 7:35 すると彼《かれ》の耳《みみ》が開《ひら》き、舌《した》のもつれもすぐに解《と》け、はっきりと話《はな》せるようになった。 マルコ 7:36 イエスは、このことをだれにも言《い》ってはならない、と命《めい》じられたが、彼《かれ》らは口《くち》止《ど》めされればされるほど、かえって言《い》いふらした。 マルコ 7:37 人《ひと》々《びと》は非《ひ》常《じょう》に驚《おどろ》いて言《い》った。「この方《かた》のなさったことは、みなすばらしい。耳《みみ》の聞《き》こえない者《もの》を聞《き》こえるようにし、口《くち》のきけない者《もの》を話《はな》せるようにされた。」 |
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