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6月29日
ローマ 14
| ローマ 14:1 あなたがたは信《しん》仰《こう》の弱《よわ》い人《ひと》を受《う》け入《い》れなさい。その意《い》見《けん》をさばいてはいけません。 ローマ 14:2 何《なん》でも食《た》べてよいと信《しん》じている人《ひと》もいますが、弱《よわ》い人《ひと》は野《や》菜《さい》よりほかには食《た》べません。 ローマ 14:3 食《た》べる人《ひと》は食《た》べない人《ひと》を侮《あなど》ってはいけないし、食《た》べない人《ひと》も食《た》べる人《ひと》をさばいてはいけません。神《かみ》がその人《ひと》を受《う》け入《い》れてくださったからです。 ローマ 14:4 あなたはいったいだれなので、他《た》人《にん》のしもべをさばくのですか。しもべが立《た》つのも倒《たお》れるのも、その主《しゅ》人《じん》の心《こころ》次《し》第《だい》です。このしもべは立《た》つのです。なぜなら、主《しゅ》には、彼《かれ》を立《た》たせることができるからです。 ローマ 14:5 ある日《ひ》を、他《た》の日《ひ》に比《くら》べて、大《だい》事《じ》だと考《かんが》える人《ひと》もいますが、どの日《ひ》も同《おな》じだと考《かんが》える人《ひと》もいます。それぞれ自《じ》分《ぶん》の心《こころ》の中《なか》で確《かく》信《しん》を持《も》ちなさい。 ローマ 14:6 日《ひ》を守《まも》る人《ひと》は、主《しゅ》のために守《まも》っています。食《た》べる人《ひと》は、主《しゅ》のために食《た》べています。なぜなら、神《かみ》に感《かん》謝《しゃ》しているからです。食《た》べない人《ひと》も、主《しゅ》のために食《た》べないのであって、神《かみ》に感《かん》謝《しゃ》しているのです。 ローマ 14:7 私たちの中《なか》でだれひとりとして、自《じ》分《ぶん》のために生《い》きている者《もの》はなく、また自《じ》分《ぶん》のために死《し》ぬ者《もの》もありません。 ローマ 14:8 もし生《い》きるなら、主《しゅ》のために生《い》き、もし死《し》ぬなら、主《しゅ》のために死《し》ぬのです。ですから、生《い》きるにしても、死《し》ぬにしても、私たちは主《しゅ》のものです。 ローマ 14:9 キリストは、死《し》んだ人《ひと》にとっても、生《い》きている人《ひと》にとっても、その主《しゅ》となるために、死《し》んで、また生《い》きられたのです。 ローマ 14:10 それなのに、なぜ、あなたは自《じ》分《ぶん》の兄《きょう》弟《だい》をさばくのですか。また、自《じ》分《ぶん》の兄《きょう》弟《だい》を侮《あなど》るのですか。私たちはみな、神《かみ》のさばきの座《ざ》に立《た》つようになるのです。 ローマ 14:11 次《つぎ》のように書《か》かれているからです。「主《しゅ》は言《い》われる。わたしは生《い》きている。すべてのひざは、わたしの前《まえ》にひざまずき、すべての舌《した》は、神《かみ》をほめたたえる。」 ローマ 14:12 こういうわけですから、私たちは、おのおの自《じ》分《ぶん》のことを神《かみ》の御《み》前《まえ》に申《もう》し開《ひら》きすることになります。 ローマ 14:13 ですから、私たちは、もはや互《たが》いにさばき合《あ》うことのないようにしましょう。いや、それ以《い》上《じょう》に、兄《きょう》弟《だい》にとって妨《さまた》げになるもの、つまずきになるものを置《お》かないように決《けっ》心《しん》しなさい。 ローマ 14:14 主《しゅ》イエスにあって、私が知《し》り、また確《かく》信《しん》していることは、それ自《じ》体《たい》で汚《けが》れているものは何《なに》一つないということです。ただ、これは汚《けが》れていると認《みと》める人《ひと》にとっては、それは汚《けが》れたものなのです。 ローマ 14:15 もし、食《た》べ物《もの》のことで、あなたの兄《きょう》弟《だい》が心《こころ》を痛《いた》めているのなら、あなたはもはや愛《あい》によって行《こう》動《どう》しているのではありません。キリストが代《か》わりに死《し》んでくださったほどの人《ひと》を、あなたの食《た》べ物《もの》のことで、滅《ほろ》ぼさないでください。 ローマ 14:16 ですから、あなたがたが良《よ》いとしている事《こと》がらによって、そしられないようにしなさい。 ローマ 14:17 なぜなら、神《かみ》の国《くに》は飲《の》み食《く》いのことではなく、義《ぎ》と平《へい》和《わ》と聖《せい》霊《れい》による喜《よろこ》びだからです。 ローマ 14:18 このようにキリストに仕《つか》える人《ひと》は、神《かみ》に喜《よろこ》ばれ、また人《ひと》々《びと》にも認《みと》められるのです。 ローマ 14:19 そういうわけですから、私たちは、平《へい》和《わ》に役《やく》立《だ》つことと、お互《たが》いの霊《れい》的《てき》成《せい》長《ちょう》に役《やく》立《だ》つこととを追《お》い求《もと》めましょう。 ローマ 14:20 食《た》べ物《もの》のことで神《かみ》のみわざを破《は》壊《かい》してはいけません。すべての物《もの》はきよいのです。しかし、それを食《た》べて人《ひと》につまずきを与《あた》えるような人《ひと》の場《ば》合《あい》は、悪《わる》いのです。 ローマ 14:21 肉《にく》を食《た》べず、ぶどう酒《しゅ》を飲《の》まず、そのほか兄《きょう》弟《だい》のつまずきになることをしないのは良《よ》いことなのです。 ローマ 14:22 あなたの持《も》っている信《しん》仰《こう》は、神《かみ》の御《み》前《まえ》でそれを自《じ》分《ぶん》の信《しん》仰《こう》として保《たも》ちなさい。自《じ》分《ぶん》が、良《よ》いと認《みと》めていることによって、さばかれない人《ひと》は幸《こう》福《ふく》です。 ローマ 14:23 しかし、疑《うたが》いを感《かん》じる人《ひと》が食《た》べるなら、罪《つみ》に定《さだ》められます。なぜなら、それが信《しん》仰《こう》から出《で》ていないからです。信《しん》仰《こう》から出《で》ていないことは、みな罪《つみ》です。 |
6月30日
ローマ 15
| ローマ 15:1 私たち力《ちから》のある者《もの》は、力《ちから》のない人《ひと》たちの弱《よわ》さをになうべきです。自《じ》分《ぶん》を喜《よろこ》ばせるべきではありません。 ローマ 15:2 私たちはひとりひとり、隣《となり》人《びと》を喜《よろこ》ばせ、その徳《とく》を高《たか》め、その人《ひと》の益《えき》となるようにすべきです。 ローマ 15:3 キリストでさえ、ご自《じ》身《しん》を喜《よろこ》ばせることはなさらなかったのです。むしろ、「あなたをそしる人《ひと》々《びと》のそしりは、わたしの上《うえ》にふりかかった」と書《か》いてあるとおりです。 ローマ 15:4 昔《むかし》書《か》かれたものは、すべて私たちを教《おし》えるために書《か》かれたのです。それは、聖《せい》書《しょ》の与《あた》える忍《にん》耐《たい》と励《はげ》ましによって、希《き》望《ぼう》を持《も》たせるためなのです。 ローマ 15:5 どうか、忍《にん》耐《たい》と励《はげ》ましの神《かみ》が、あなたがたを、キリスト・イエスにふさわしく、互《たが》いに同《おな》じ思《おも》いを持《も》つようにしてくださいますように。 ローマ 15:6 それは、あなたがたが、心《こころ》を一つにし、声《こえ》を合《あ》わせて、私たちの主《しゅ》イエス・キリストの父《ちち》なる神《かみ》をほめたたえるためです。 ローマ 15:7 こういうわけですから、キリストが神《かみ》の栄《えい》光《こう》のために、私たちを受《う》け入《い》れてくださったように、あなたがたも互《たが》いに受《う》け入《い》れなさい。 ローマ 15:8 私は言《い》います。キリストは、神《かみ》の真《しん》理《り》を現《あらわ》すために、割《かつ》礼《れい》のある者《もの》のしもべとなられました。それは父《ふ》祖《そ》たちに与《あた》えられた約《やく》束《そく》を保《ほ》証《しょう》するためであり、 ローマ 15:9 また異《い》邦《ほう》人《じん》も、あわれみのゆえに、神《かみ》をあがめるようになるためです。こう書《か》かれているとおりです。「それゆえ、私は異《い》邦《ほう》人《じん》の中《なか》で、あなたをほめたたえ、あなたの御《み》名《な》をほめ歌《うた》おう。」 ローマ 15:10 また、こうも言《い》われています。「異《い》邦《ほう》人《じん》よ。主《しゅ》の民《たみ》とともに喜《よろこ》べ。」 ローマ 15:11 さらにまた、「すべての異《い》邦《ほう》人《じん》よ。主《しゅ》をほめよ。もろもろの国《こく》民《みん》よ。主《しゅ》をたたえよ。」 ローマ 15:12 さらにまた、イザヤがこう言《い》っています。「エッサイの根《ね》が起《お》こる。異《い》邦《ほう》人《じん》を治《おさ》めるために立《た》ち上《あ》がる方《かた》である。異《い》邦《ほう》人《じん》はこの方《かた》に望《のぞ》みをかける。」 ローマ 15:13 どうか、望《のぞ》みの神《かみ》が、あなたがたを信《しん》仰《こう》によるすべての喜《よろこ》びと平《へい》和《わ》をもって満《み》たし、聖《せい》霊《れい》の力《ちから》によって望《のぞ》みにあふれさせてくださいますように。 ローマ 15:14 私の兄《きょう》弟《だい》たちよ。あなたがた自《じ》身《しん》が善《ぜん》意《い》にあふれ、すべての知《ち》恵《え》に満《み》たされ、また互《たが》いに訓《くん》戒《かい》し合《あ》うことができることを、この私は確《かく》信《しん》しています。 ローマ 15:15 ただ私が所《ところ》々《どころ》、かなり大《だい》胆《たん》に書《か》いたのは、あなたがたにもう一度《ど》思《おも》い起《お》こしてもらうためでした。 ローマ 15:16 それも私が、異《い》邦《ほう》人《じん》のためにキリスト・イエスの仕《つか》え人《びと》となるために、神《かみ》から恵《めぐ》みをいただいているからです。私は神《かみ》の福《ふく》音《いん》をもって、祭《さい》司《し》の務《つと》めを果《は》たしています。それは異《い》邦《ほう》人《じん》を、聖《せい》霊《れい》によって聖《せい》なるものとされた、神《かみ》に受《う》け入《い》れられる供《そな》え物《もの》とするためです。 ローマ 15:17 それで、神《かみ》に仕《つか》えることに関《かん》して、私はキリスト・イエスにあって誇《ほこ》りを持《も》っているのです。 ローマ 15:18 私は、キリストが異《い》邦《ほう》人《じん》を従《じゅう》順《じゅん》にならせるため、この私を用《もち》いて成《な》し遂《と》げてくださったこと以《い》外《がい》に、何《なに》かを話《はな》そうなどとはしません。キリストは、ことばと行《おこな》いにより、 ローマ 15:19 また、しるしと不《ふ》思《し》議《ぎ》をなす力《ちから》により、さらにまた、御《み》霊《たま》の力《ちから》によって、それを成《な》し遂《と》げてくださいました。その結《けっ》果《か》、私はエルサレムから始《はじ》めて、ずっと回《まわ》ってイルリコに至《いた》るまで、キリストの福《ふく》音《いん》をくまなく伝《つた》えました。 ローマ 15:20 このように、私は、他《た》人《にん》の土《ど》台《だい》の上《うえ》に建《た》てないように、キリストの御《み》名《な》がまだ語《かた》られていない所《ところ》に福《ふく》音《いん》を宣《の》べ伝《つた》えることを切《せつ》に求《もと》めたのです。 ローマ 15:21 それは、こう書《か》いてあるとおりです。「彼《かれ》のことを伝《つた》えられなかった人《ひと》々《びと》が見《み》るようになり、聞《き》いたことのなかった人《ひと》々《びと》が悟《さと》るようになる。」 ローマ 15:22 そういうわけで、私は、あなたがたのところに行《い》くのを幾《いく》度《ど》も妨《さまた》げられましたが、 ローマ 15:23 今《いま》は、もうこの地《ち》方《ほう》には私の働《はたら》くべき所《ところ》がなくなりましたし、また、イスパニヤに行《い》く場《ば》合《あい》は、あなたがたのところに立《た》ち寄《よ》ることを多《た》年《ねん》希《き》望《ぼう》していましたので ローマ 15:24 ‐‐というのは、途《と》中《ちゅう》あなたがたに会《あ》い、まず、しばらくの間《あいだ》あなたがたとともにいて心《こころ》を満《み》たされてから、あなたがたに送《おく》られ、そこへ行《い》きたいと望《のぞ》んでいるからです、‐‐ ローマ 15:25 ですが、今《いま》は、聖《せい》徒《と》たちに奉《ほう》仕《し》するためにエルサレムへ行《い》こうとしています。 ローマ 15:26 それは、マケドニヤとアカヤでは、喜《よろこ》んでエルサレムの聖《せい》徒《と》たちの中《なか》の貧《まず》しい人《ひと》たちのために醵《きょ》金《きん》することにしたからです。 ローマ 15:27 彼《かれ》らは確《たし》かに喜《よろこ》んでそれをしたのですが、同《どう》時《じ》にまた、その人《ひと》々《びと》に対《たい》してはその義《ぎ》務《む》があるのです。異《い》邦《ほう》人《じん》は霊《れい》的《てき》なことでは、その人《ひと》々《びと》からもらいものをしたのですから、物《ぶっ》質《しつ》的《てき》な物《もの》をもって彼《かれ》らに奉《ほう》仕《し》すべきです。 ローマ 15:28 それで、私はこのことを済《す》ませ、彼《かれ》らにこの実《み》を確《たし》かに渡《わた》してから、あなたがたのところを通《とお》ってイスパニヤに行《い》くことにします。 ローマ 15:29 あなたがたのところに行《い》くときは、キリストの満《み》ちあふれる祝《しゅく》福《ふく》をもって行《い》くことと信《しん》じています。 ローマ 15:30 兄《きょう》弟《だい》たち。私たちの主《しゅ》イエス・キリストによって、また、御《み》霊《たま》の愛《あい》によって切《せつ》にお願《ねが》いします。私のために、私とともに力《ちから》を尽《つ》くして神《かみ》に祈《いの》ってください。 ローマ 15:31 私がユダヤにいる不《ふ》信《しん》仰《こう》な人《ひと》々《びと》から救《すく》い出《だ》され、またエルサレムに対《たい》する私の奉《ほう》仕《し》が聖《せい》徒《と》たちに受《う》け入《い》れられるものとなりますように。 ローマ 15:32 その結《けっ》果《か》として、神《かみ》のみこころにより、喜《よろこ》びをもってあなたがたのところへ行《い》き、あなたがたの中《なか》で、ともにいこいを得《え》ることができますように。 ローマ 15:33 どうか、平《へい》和《わ》の神《かみ》が、あなたがたすべてとともにいてくださいますように。アーメン。 |
7月01日
ローマ 16
| ローマ 16:1 ケンクレヤにある教《きょう》会《かい》の執《しつ》事《じ》で、私たちの姉《し》妹《まい》であるフィベを、あなたがたに推《すい》薦《せん》します。 ローマ 16:2 どうぞ、聖《せい》徒《と》にふさわしいしかたで、主《しゅ》にあってこの人《ひと》を歓《かん》迎《げい》し、あなたがたの助《たす》けを必《ひつ》要《よう》とすることは、どんなことでも助《たす》けてあげてください。この人《ひと》は、多《おお》くの人《ひと》を助《たす》け、また私自《じ》身《しん》をも助《たす》けてくれた人《ひと》です。 ローマ 16:3 キリスト・イエスにあって私の同《どう》労《ろう》者《しゃ》であるプリスカとアクラによろしく伝《つた》えてください。 ローマ 16:4 この人《ひと》たちは、自《じ》分《ぶん》のいのちの危《き》険《けん》を冒《おか》して私のいのちを守《まも》ってくれたのです。この人《ひと》たちには、私だけでなく、異《い》邦《ほう》人《じん》のすべての教《きょう》会《かい》も感《かん》謝《しゃ》しています。 ローマ 16:5 またその家《いえ》の教《きょう》会《かい》によろしく伝《つた》えてください。私の愛《あい》するエパネトによろしく。この人《ひと》はアジヤでキリストを信《しん》じた最《さい》初《しょ》の人《ひと》です。 ローマ 16:6 あなたがたのために非《ひ》常《じょう》に労《ろう》苦《く》したマリヤによろしく。 ローマ 16:7 私の同《どう》国《こく》人《じん》で私といっしょに投《とう》獄《ごく》されたことのある、アンドロニコとユニアスにもよろしく。この人《ひと》々《びと》は使《し》徒《と》たちの間《あいだ》によく知《し》られている人《ひと》々《びと》で、また私より先《さき》にキリストにある者《もの》となったのです。 ローマ 16:8 主《しゅ》にあって私の愛《あい》するアムプリアトによろしく。 ローマ 16:9 キリストにあって私たちの同《どう》労《ろう》者《しゃ》であるウルバノと、私の愛《あい》するスタキスとによろしく。 ローマ 16:10 キリストにあって練《れん》達《たつ》したアペレによろしく。アリストブロの家《いえ》の人《ひと》たちによろしく。 ローマ 16:11 私の同《どう》国《こく》人《じん》ヘロデオンによろしく。ナルキソの家《いえ》の主《しゅ》にある人《ひと》たちによろしく。 ローマ 16:12 主《しゅ》にあって労《ろう》している、ツルパナとツルポサによろしく。主《しゅ》にあって非《ひ》常《じょう》に労《ろう》苦《く》した愛《あい》するペルシスによろしく。 ローマ 16:13 主《しゅ》にあって選《えら》ばれた人《ひと》ルポスによろしく。また彼《かれ》と私との母《はは》によろしく。 ローマ 16:14 アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマスおよびその人《ひと》たちといっしょにいる兄《きょう》弟《だい》たちによろしく。 ローマ 16:15 フィロロゴとユリヤ、ネレオとその姉《し》妹《まい》、オルンパおよびその人《ひと》たちといっしょにいるすべての聖《せい》徒《と》たちによろしく。 ローマ 16:16 あなたがたは聖《せい》なる口《くち》づけをもって互《たが》いのあいさつをかわしなさい。キリストの教《きょう》会《かい》はみな、あなたがたによろしくと言《い》っています。 ローマ 16:17 兄《きょう》弟《だい》たち。私はあなたがたに願《ねが》います。あなたがたの学《まな》んだ教《おし》えにそむいて、分《ぶん》裂《れつ》とつまずきを引《ひ》き起《お》こす人《ひと》たちを警《けい》戒《かい》してください。彼《かれ》らから遠《とお》ざかりなさい。 ローマ 16:18 そういう人《ひと》たちは、私たちの主《しゅ》キリストに仕《つか》えないで、自《じ》分《ぶん》の欲《よく》に仕《つか》えているのです。彼《かれ》らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純《じゅん》朴《ぼく》な人《ひと》たちの心《こころ》をだましているのです。 ローマ 16:19 あなたがたの従《じゅう》順《じゅん》はすべての人《ひと》に知《し》られているので、私はあなたがたのことを喜《よろこ》んでいます。しかし、私は、あなたがたが善《ぜん》にはさとく、悪《あく》にはうとくあってほしい、と望《のぞ》んでいます。 ローマ 16:20 平《へい》和《わ》の神《かみ》は、すみやかに、あなたがたの足《あし》でサタンを踏《ふ》み砕《くだ》いてくださいます。どうか、私たちの主《しゅ》イエスの恵《めぐ》みが、あなたがたとともにありますように。 ローマ 16:21 私の同《どう》労《ろう》者《しゃ》テモテが、あなたがたによろしくと言《い》っています。また私の同《どう》国《こく》人《じん》ルキオとヤソンとソシパテロがよろしくと言《い》っています。 ローマ 16:22 この手《て》紙《がみ》を筆《ひっ》記《き》した私、テルテオも、主《しゅ》にあってあなたがたにごあいさつ申《もう》し上《あ》げます。 ローマ 16:23 私と全《ぜん》教《きょう》会《かい》との家《や》主《ぬし》であるガイオも、あなたがたによろしくと言《い》っています。市《し》の収《しゅう》入《にゅう》役《やく》であるエラストと兄《きょう》弟《だい》クワルトもよろしくと言《い》っています。 - ローマ 16:25-26 私の福《ふく》音《いん》とイエス・キリストの宣《せん》教《きょう》によって、すなわち、世《よ》々《よ》にわたって長《なが》い間《あいだ》隠《かく》されていたが、今《いま》や現《あらわ》されて、永《えい》遠《えん》の神《かみ》の命《めい》令《れい》に従《したが》い、預《よ》言《げん》者《しゃ》たちの書《しょ》によって、信《しん》仰《こう》の従《じゅう》順《じゅん》に導《みちび》くためにあらゆる国《くに》の人《ひと》々《びと》に知《し》らされた奥《おく》義《ぎ》の啓《けい》示《じ》によって、あなたがたを堅《かた》く立《た》たせることができる方《かた》、 ローマ 16:- ローマ 16:27 知《ち》恵《え》に富《と》む唯《ゆい》一《いつ》の神《かみ》に、イエス・キリストによって、御《み》栄《さか》えがとこしえまでありますように。アーメン。 |
7月02日
1 コリント 1
| 1コリント 1:1 神《かみ》のみこころによってキリスト・イエスの使《し》徒《と》として召《め》されたパウロと、兄《きょう》弟《だい》ソステネから、 1コリント 1:2 コリントにある神《かみ》の教《きょう》会《かい》へ。すなわち、私たちの主《しゅ》イエス・キリストの御《み》名《な》を、至《いた》る所《ところ》で呼《よ》び求《もと》めているすべての人《ひと》々《びと》とともに、聖《せい》徒《と》として召《め》され、キリスト・イエスにあって聖《せい》なるものとされた方《かた》々《がた》へ。主《しゅ》は私たちの主《しゅ》であるとともに、そのすべての人《ひと》々《びと》の主《しゅ》です。 1コリント 1:3 私たちの父《ちち》なる神《かみ》と主《しゅ》イエス・キリストから、恵《めぐ》みと平《へい》安《あん》があなたがたの上《うえ》にありますように。 1コリント 1:4 私は、キリスト・イエスによってあなたがたに与《あた》えられた神《かみ》の恵《めぐ》みのゆえに、あなたがたのことをいつも神《かみ》に感《かん》謝《しゃ》しています。 1コリント 1:5 というのは、あなたがたは、ことばといい、知《ち》識《しき》といい、すべてにおいて、キリストにあって豊《ゆた》かな者《もの》とされたからです。 1コリント 1:6 それは、キリストについてのあかしが、あなたがたの中《なか》で確《たし》かになったからで、 1コリント 1:7 その結《けっ》果《か》、あなたがたはどんな賜《たま》物《もの》にも欠《か》けるところがなく、また、熱《ねっ》心《しん》に私たちの主《しゅ》イエス・キリストの現《あらわ》れを待《ま》っています。 1コリント 1:8 主《しゅ》も、あなたがたを、私たちの主《しゅ》イエス・キリストの日《ひ》に責《せ》められるところのない者《もの》として、最《さい》後《ご》まで堅《かた》く保《たも》ってくださいます。 1コリント 1:9 神《かみ》は真《しん》実《じつ》であり、その方《かた》のお召《め》しによって、あなたがたは神《かみ》の御《み》子《こ》、私たちの主《しゅ》イエス・キリストとの交《まじ》わりに入《い》れられました。 1コリント 1:10 さて、兄《きょう》弟《だい》たち。私は、私たちの主《しゅ》イエス・キリストの御《み》名《な》によって、あなたがたにお願《ねが》いします。どうか、みなが一《いっ》致《ち》して、仲《なか》間《ま》割《わ》れすることなく、同《おな》じ心《こころ》、同《おな》じ判《はん》断《だん》を完《かん》全《ぜん》に保《たも》ってください。 1コリント 1:11 実《じつ》はあなたがたのことをクロエの家《いえ》の者《もの》から知《し》らされました。兄《きょう》弟《だい》たち。あなたがたの間《あいだ》には争《あらそ》いがあるそうで、 1コリント 1:12 あなたがたはめいめいに、「私はパウロにつく」「私はアポロに」「私はケパに」「私はキリストにつく」と言《い》っているということです。 1コリント 1:13 キリストが分《ぶん》割《かつ》されたのですか。あなたがたのために十《じゅう》字《じ》架《か》につけられたのはパウロでしょうか。あなたがたがバプテスマを受《う》けたのはパウロの名《な》によるのでしょうか。 1コリント 1:14 私は、クリスポとガイオのほか、あなたがたのだれにもバプテスマを授《さず》けたことがないことを感《かん》謝《しゃ》しています。 1コリント 1:15 それは、あなたがたが私の名《な》によってバプテスマを受《う》けたと言《い》われないようにするためでした。 1コリント 1:16 私はステパナの家《か》族《ぞく》にもバプテスマを授《さず》けましたが、そのほかはだれにも授《さず》けた覚《おぼ》えはありません。 1コリント 1:17 キリストが私をお遣《つか》わしになったのは、バプテスマを授《さず》けさせるためではなく、福《ふく》音《いん》を宣《の》べ伝《つた》えさせるためです。それも、キリストの十《じゅう》字《じ》架《か》がむなしくならないために、ことばの知《ち》恵《え》によってはならないのです。 1コリント 1:18 十《じゅう》字《じ》架《か》のことばは、滅《ほろ》びに至《いた》る人《ひと》々《びと》には愚《おろ》かであっても、救《すく》いを受《う》ける私たちには、神《かみ》の力《ちから》です。 1コリント 1:19 それは、こう書《か》いてあるからです。「わたしは知《ち》恵《え》ある者《もの》の知《ち》恵《え》を滅《ほろ》ぼし、賢《かしこ》い者《もの》の賢《かしこ》さをむなしくする。」 1コリント 1:20 知《ち》者《しゃ》はどこにいるのですか。学《がく》者《しゃ》はどこにいるのですか。この世《よ》の議《ぎ》論《ろん》家《か》はどこにいるのですか。神《かみ》は、この世《よ》の知《ち》恵《え》を愚《おろ》かなものにされたではありませんか。 1コリント 1:21 事《じ》実《じつ》、この世《よ》が自《じ》分《ぶん》の知《ち》恵《え》によって神《かみ》を知《し》ることがないのは、神《かみ》の知《ち》恵《え》によるのです。それゆえ、神《かみ》はみこころによって、宣《せん》教《きょう》のことばの愚《おろ》かさを通《とお》して、信《しん》じる者《もの》を救《すく》おうと定《さだ》められたのです。 1コリント 1:22 ユダヤ人《じん》はしるしを要《よう》求《きゅう》し、ギリシヤ人《じん》は知《ち》恵《え》を追《つい》求《きゅう》します。 1コリント 1:23 しかし、私たちは十《じゅう》字《じ》架《か》につけられたキリストを宣《の》べ伝《つた》えるのです。ユダヤ人《じん》にとってはつまずき、異《い》邦《ほう》人《じん》にとっては愚《おろ》かでしょうが、 1コリント 1:24 しかし、ユダヤ人《じん》であってもギリシヤ人《じん》であっても、召《め》された者《もの》にとっては、キリストは神《かみ》の力《ちから》、神《かみ》の知《ち》恵《え》なのです。 1コリント 1:25 なぜなら、神《かみ》の愚《おろ》かさは人《ひと》よりも賢《かしこ》く、神《かみ》の弱《よわ》さは人《ひと》よりも強《つよ》いからです。 1コリント 1:26 兄《きょう》弟《だい》たち、あなたがたの召《め》しのことを考《かんが》えてごらんなさい。この世《よ》の知《ち》者《しゃ》は多《おお》くはなく、権《けん》力《りょく》者《しゃ》も多《おお》くはなく、身《み》分《ぶん》の高《たか》い者《もの》も多《おお》くはありません。 1コリント 1:27 しかし神《かみ》は、知《ち》恵《え》ある者《もの》をはずかしめるために、この世《よ》の愚《おろ》かな者《もの》を選《えら》び、強《つよ》い者《もの》をはずかしめるために、この世《よ》の弱《よわ》い者《もの》を選《えら》ばれたのです。 1コリント 1:28 また、この世《よ》の取《と》るに足《た》りない者《もの》や見《み》下《くだ》されている者《もの》を、神《かみ》は選《えら》ばれました。すなわち、有《あ》るものをない者《もの》のようにするため、無《む》に等《ひと》しいものを選《えら》ばれたのです。 1コリント 1:29 これは、神《かみ》の御《み》前《まえ》でだれをも誇《ほこ》らせないためです。 1コリント 1:30 しかしあなたがたは、神《かみ》によってキリスト・イエスのうちにあるのです。キリストは、私たちにとって、神《かみ》の知《ち》恵《え》となり、また、義《ぎ》と聖《きよ》めと、贖《あがな》いとになられました。 1コリント 1:31 まさしく、「誇《ほこ》る者《もの》は主《しゅ》を誇《ほこ》れ」と書《か》いてあるとおりになるためです。 |
7月03日
1 コリント 2
| 1コリント 2:1 さて兄《きょう》弟《だい》たち。私があなたがたのところへ行《い》ったとき、私は、すぐれたことば、すぐれた知《ち》恵《え》を用《もち》いて、神《かみ》のあかしを宣《の》べ伝《つた》えることはしませんでした。 1コリント 2:2 なぜなら私は、あなたがたの間《あいだ》で、イエス・キリスト、すなわち十《じゅう》字《じ》架《か》につけられた方《かた》のほかは、何《なに》も知《し》らないことに決《けっ》心《しん》したからです。 1コリント 2:3 あなたがたといっしょにいたときの私は、弱《よわ》く、恐《おそ》れおののいていました。 1コリント 2:4 そして、私のことばと私の宣《せん》教《きょう》とは、説《せっ》得《とく》力《りょく》のある知《ち》恵《え》のことばによって行《おこな》われたものではなく、御《み》霊《たま》と御《み》力《ちから》の現《あらわ》れでした。 1コリント 2:5 それは、あなたがたの持《も》つ信《しん》仰《こう》が、人《にん》間《げん》の知《ち》恵《え》にささえられず、神《かみ》の力《ちから》にささえられるためでした。 1コリント 2:6 しかし私たちは、成《せい》人《じん》の間《あいだ》で、知《ち》恵《え》を語《かた》ります。この知《ち》恵《え》は、この世《よ》の知《ち》恵《え》でもなく、この世《よ》の過《す》ぎ去《さ》って行《い》く支《し》配《はい》者《しゃ》たちの知《ち》恵《え》でもありません。 1コリント 2:7 私たちの語《かた》るのは、隠《かく》された奥《おく》義《ぎ》としての神《かみ》の知《ち》恵《え》であって、それは、神《かみ》が、私たちの栄《えい》光《こう》のために、世《せ》界《かい》の始《はじ》まる前《まえ》から、あらかじめ定《さだ》められたものです。 1コリント 2:8 この知《ち》恵《え》を、この世《よ》の支《し》配《はい》者《しゃ》たちは、だれひとりとして悟《さと》りませんでした。もし悟《さと》っていたら、栄《えい》光《こう》の主《しゅ》を十《じゅう》字《じ》架《か》につけはしなかったでしょう。 1コリント 2:9 まさしく、聖《せい》書《しょ》に書《か》いてあるとおりです。「目《め》が見《み》たことのないもの、耳《みみ》が聞《き》いたことのないもの、そして、人《ひと》の心《こころ》に思《おも》い浮《う》かんだことのないもの。神《かみ》を愛《あい》する者《もの》のために、神《かみ》の備《そな》えてくださったものは、みなそうである。」 1コリント 2:10 神《かみ》はこれを、御《み》霊《たま》によって私たちに啓《けい》示《じ》されたのです。御《み》霊《たま》はすべてのことを探《さぐ》り、神《かみ》の深《ふか》みにまで及《およ》ばれるからです。 1コリント 2:11 いったい、人《ひと》の心《こころ》のことは、その人《ひと》のうちにある霊《れい》のほかに、だれが知《し》っているでしょう。同《おな》じように、神《かみ》のみこころのことは、神《かみ》の御《み》霊《たま》のほかにはだれも知《し》りません。 1コリント 2:12 ところで、私たちは、この世《よ》の霊《れい》を受《う》けたのではなく、神《かみ》の御《み》霊《たま》を受《う》けました。それは、恵《めぐ》みによって神《かみ》から私たちに賜《たまわ》ったものを、私たちが知《し》るためです。 1コリント 2:13 この賜《たま》物《もの》について話《はな》すには、人《ひと》の知《ち》恵《え》に教《おし》えられたことばを用《もち》いず、御《み》霊《たま》に教《おし》えられたことばを用《もち》います。その御《み》霊《たま》のことばをもって御《み》霊《たま》のことを解《と》くのです。 1コリント 2:14 生《う》まれながらの人《にん》間《げん》は、神《かみ》の御《み》霊《たま》に属《ぞく》することを受《う》け入《い》れません。それらは彼《かれ》には愚《おろ》かなことだからです。また、それを悟《さと》ることができません。なぜなら、御《み》霊《たま》のことは御《み》霊《たま》によってわきまえるものだからです。 1コリント 2:15 御《み》霊《たま》を受《う》けている人《ひと》は、すべてのことをわきまえますが、自《じ》分《ぶん》はだれによってもわきまえられません。 1コリント 2:16 いったい、「だれが主《しゅ》のみこころを知《し》り、主《しゅ》を導《みちび》くことができたか。」ところが、私たちには、キリストの心《こころ》があるのです。 |
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