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8月31日
ピリピ 2
| ピリピ 2:1 こういうわけですから、もしキリストにあって励《はげ》ましがあり、愛《あい》の慰《なぐさ》めがあり、御《み》霊《たま》の交《まじ》わりがあり、愛《あい》情《じょう》とあわれみがあるなら、 ピリピ 2:2 私の喜《よろこ》びが満《み》たされるように、あなたがたは一《いっ》致《ち》を保《たも》ち、同《おな》じ愛《あい》の心《こころ》を持《も》ち、心《こころ》を合《あ》わせ、志《こころざし》を一つにしてください。 ピリピ 2:3 何《なに》事《ごと》でも自《じ》己《こ》中《ちゅう》心《しん》や虚《きょ》栄《えい》からすることなく、へりくだって、互《たが》いに人《ひと》を自《じ》分《ぶん》よりもすぐれた者《もの》と思《おも》いなさい。 ピリピ 2:4 自《じ》分《ぶん》のことだけではなく、他《た》の人《ひと》のことも顧《かえり》みなさい。 ピリピ 2:5 あなたがたの間《あいだ》では、そのような心《こころ》構《がま》えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見《み》られるものです。 ピリピ 2:6 キリストは神《かみ》の御《み》姿《すがた》である方《かた》なのに、神《かみ》のあり方《かた》を捨《す》てられないとは考《かんが》えず、 ピリピ 2:7 ご自《じ》分《ぶん》を無《む》にして、仕《つか》える者《もの》の姿《すがた》をとり、人《にん》間《げん》と同《おな》じようになられました。人《ひと》としての性《せい》質《しつ》をもって現《あらわ》れ、 ピリピ 2:8 自《じ》分《ぶん》を卑《いや》しくし、死《し》にまで従《したが》い、実《じつ》に十《じゅう》字《じ》架《か》の死《し》にまでも従《したが》われました。 ピリピ 2:9 それゆえ神《かみ》は、この方《かた》を高《たか》く上《あ》げて、すべての名《な》にまさる名《な》をお与《あた》えになりました。 ピリピ 2:10 それは、イエスの御《み》名《な》によって、天《てん》にあるもの、地《ち》にあるもの、地《ち》の下《した》にあるもののすべてが、ひざをかがめ、 ピリピ 2:11 すべての口《くち》が、「イエス・キリストは主《しゅ》である」と告《こく》白《はく》して、父《ちち》なる神《かみ》がほめたたえられるためです。 ピリピ 2:12 そういうわけですから、愛《あい》する人《ひと》たち、いつも従《じゅう》順《じゅん》であったように、私がいるときだけでなく、私のいない今《いま》はなおさら、恐《おそ》れおののいて自《じ》分《ぶん》の救《すく》いの達《たっ》成《せい》に努《つと》めなさい。 ピリピ 2:13 神《かみ》は、みこころのままに、あなたがたのうちに働《はたら》いて志《こころざし》を立《た》てさせ、事《こと》を行《おこな》わせてくださるのです。 ピリピ 2:14 すべてのことを、つぶやかず、疑《うたが》わずに行《おこな》いなさい。 ピリピ 2:15 それは、あなたがたが、非《ひ》難《なん》されるところのない純《じゅん》真《しん》な者《もの》となり、また、曲《ま》がった邪《じゃ》悪《あく》な世《せ》代《だい》の中《なか》にあって傷《きず》のない神《かみ》の子《こ》どもとなり、 ピリピ 2:16 いのちのことばをしっかり握《にぎ》って、彼《かれ》らの間《あいだ》で世《よ》の光《ひ》と《かり》して輝《かがや》くためです。そうすれば、私は、自《じ》分《ぶん》の努《ど》力《りょく》したことがむだではなく、苦《く》労《ろう》したこともむだでなかったことを、キリストの日《ひ》に誇《ほこ》ることができます。 ピリピ 2:17 たとい私が、あなたがたの信《しん》仰《こう》の供《そな》え物《もの》と礼《れい》拝《はい》とともに、注《そそ》ぎの供《そな》え物《もの》となっても、私は喜《よろこ》びます。あなたがたすべてとともに喜《よろこ》びます。 ピリピ 2:18 あなたがたも同《おな》じように喜《よろこ》んでください。私といっしょに喜《よろこ》んでください。 ピリピ 2:19 しかし、私もあなたがたのことを知《し》って励《はげ》ましを受《う》けたいので、早《はや》くテモテをあなたがたのところに送《おく》りたいと、主《しゅ》イエスにあって望《のぞ》んでいます。 ピリピ 2:20 テモテのように私と同《おな》じ心《こころ》になって、真《しん》実《じつ》にあなたがたのことを心《しん》配《ぱい》している者《もの》は、ほかにだれもいないからです。 ピリピ 2:21 だれもみな自《じ》分《ぶん》自《じ》身《しん》のことを求《もと》めるだけで、キリスト・イエスのことを求《もと》めてはいません。 ピリピ 2:22 しかし、テモテのりっぱな働《はたら》きぶりは、あなたがたの知《し》っているところです。子《こ》が父《ちち》に仕《つか》えるようにして、彼《かれ》は私といっしょに福《ふく》音《いん》に奉《ほう》仕《し》して来《き》ました。 ピリピ 2:23 ですから、私のことがどうなるかがわかりしだい、彼《かれ》を遣《つか》わしたいと望《のぞ》んでいます。 ピリピ 2:24 しかし私自《じ》身《しん》も近《ちか》いうちに行《い》けることと、主《しゅ》にあって確《かく》信《しん》しています。 ピリピ 2:25 しかし、私の兄《きょう》弟《だい》、同《どう》労《ろう》者《しゃ》、戦《せん》友《ゆう》、またあなたがたの使《し》者《しゃ》として私の窮《きゅう》乏《ぼう》のときに仕《つか》えてくれた人《ひと》エパフロデトは、あなたがたのところに送《おく》らねばならないと思《おも》っています。 ピリピ 2:26 彼《かれ》は、あなたがたすべてを慕《した》い求《もと》めており、また、自《じ》分《ぶん》の病《びょう》気《き》のことがあなたがたに伝《つた》わったことを気《き》にしているからです。 ピリピ 2:27 ほんとうに、彼《かれ》は死《し》ぬほどの病《びょう》気《き》にかかりましたが、神《かみ》は彼《かれ》をあわれんでくださいました。彼《かれ》ばかりでなく私をもあわれんで、私にとって悲《かな》しみに悲《かな》しみが重《かさ》なることのないようにしてくださいました。 ピリピ 2:28 そこで、私は大《おお》急《いそ》ぎで彼《かれ》を送《おく》ります。あなたがたが彼《かれ》に再《ふたた》び会《あ》って喜《よろこ》び、私も心《しん》配《ぱい》が少《すく》なくなるためです。 ピリピ 2:29 ですから、喜《よろこ》びにあふれて、主《しゅ》にあって、彼《かれ》を迎《むか》えてください。また、彼《かれ》のような人《ひと》々《びと》には尊《そん》敬《けい》を払《はら》いなさい。 ピリピ 2:30 なぜなら、彼《かれ》は、キリストの仕《し》事《ごと》のために、いのちの危《き》険《けん》を冒《おか》して死《し》ぬばかりになったからです。彼《かれ》は私に対《たい》して、あなたがたが私に仕《つか》えることのできなかった分《ぶん》を果《は》たそうとしたのです。 |
9月01日
ピリピ 3
| ピリピ 3:1 最《さい》後《ご》に、私の兄《きょう》弟《だい》たち。主《しゅ》にあって喜《よろこ》びなさい。前《まえ》と同《おな》じことを書《か》きますが、これは、私には煩《わずら》わしいことではなく、あなたがたの安《あん》全《ぜん》のためにもなることです。 ピリピ 3:2 どうか犬《いぬ》に気《き》をつけてください。悪《わる》い働《はたら》き人《びと》に気《き》をつけてください。肉《にく》体《たい》だけの割《かつ》礼《れい》の者《もの》に気《き》をつけてください。 ピリピ 3:3 神《かみ》の御《み》霊《たま》によって礼《れい》拝《はい》をし、キリスト・イエスを誇《ほこ》り、人《にん》間《げん》的《てき》なものを頼《たの》みにしない私たちのほうこそ、割《かつ》礼《れい》の者《もの》なのです。 ピリピ 3:4 ただし、私は、人《にん》間《げん》的《てき》なものにおいても頼《たの》むところがあります。もし、ほかの人《ひと》が人《にん》間《げん》的《てき》なものに頼《たの》むところがあると思《おも》うなら、私は、それ以《い》上《じょう》です。 ピリピ 3:5 私は八《よう》日《か》目《め》の割《かつ》礼《れい》を受《う》け、イスラエル民《みん》族《ぞく》に属《ぞく》し、ベニヤミンの分《わ》かれの者《もの》です。きっすいのヘブル人《じん》で、律《りっ》法《ぽう》についてはパリサイ人《びと》、 ピリピ 3:6 その熱《ねっ》心《しん》は教《きょう》会《かい》を迫《はく》害《がい》したほどで、律《りっ》法《ぽう》による義《ぎ》についてならば非《ひ》難《なん》されるところのない者《もの》です。 ピリピ 3:7 しかし、私にとって得《とく》であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損《そん》と思《おも》うようになりました。 ピリピ 3:8 それどころか、私の主《しゅ》であるキリスト・イエスを知《し》っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損《そん》と思《おも》っています。私はキリストのためにすべてのものを捨《す》てて、それらをちりあくたと思《おも》っています。それは、私には、キリストを得《え》、また、 ピリピ 3:9 キリストの中《なか》にある者《もの》と認《みと》められ、律《りっ》法《ぽう》による自《じ》分《ぶん》の義《ぎ》ではなくて、キリストを信《しん》じる信《しん》仰《こう》による義《ぎ》、すなわち、信《しん》仰《こう》に基《もと》づいて、神《かみ》から与《あた》えられる義《ぎ》を持《も》つことができる、という望《のぞ》みがあるからです。 ピリピ 3:10 私は、キリストとその復《ふっ》活《かつ》の力《ちから》を知《し》り、またキリストの苦《くる》しみにあずかることも知《し》って、キリストの死《し》と同《おな》じ状《じょう》態《たい》になり、 ピリピ 3:11 どうにかして、死《し》者《しゃ》の中《なか》からの復《ふっ》活《かつ》に達《たっ》したいのです。 ピリピ 3:12 私は、すでに得《え》たのでもなく、すでに完《かん》全《ぜん》にされているのでもありません。ただ捕《と》らえようとして、追《つい》求《きゅう》しているのです。そして、それを得《え》るようにとキリスト・イエスが私を捕《と》らえてくださったのです。 ピリピ 3:13 兄《きょう》弟《だい》たちよ。私は、自《じ》分《ぶん》はすでに捕《と》らえたなどと考《かんが》えてはいません。ただ、この一《いち》事《じ》に励《はげ》んでいます。すなわち、うしろのものを忘《わす》れ、ひたむきに前《まえ》のものに向《む》かって進《すす》み、 ピリピ 3:14 キリスト・イエスにおいて上《うえ》に召《め》してくださる神《かみ》の栄《えい》冠《かん》を得《え》るために、目《もく》標《ひょう》を目《め》ざして一《いっ》心《しん》に走《はし》っているのです。 ピリピ 3:15 ですから、成《せい》人《じん》である者《もの》はみな、このような考《かんが》え方《かた》をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違《ちが》った考《かんが》え方《かた》をしているなら、神《かみ》はそのこともあなたがたに明《あき》らかにしてくださいます。 ピリピ 3:16 それはそれとして、私たちはすでに達《たっ》しているところを基《き》準《じゅん》として、進《すす》むべきです。 ピリピ 3:17 兄《きょう》弟《だい》たち。私を見《み》ならう者《もの》になってください。また、あなたがたと同《おな》じように私たちを手《て》本《ほん》として歩《あゆ》んでいる人《ひと》たちに、目《め》を留《と》めてください。 ピリピ 3:18 というのは、私はしばしばあなたがたに言《い》って来《き》たし、今《いま》も涙《なみだ》をもって言《い》うのですが、多《おお》くの人《ひと》々《びと》がキリストの十《じゅう》字《じ》架《か》の敵《てき》として歩《あゆ》んでいるからです。 ピリピ 3:19 彼《かれ》らの最《さい》後《ご》は滅《ほろ》びです。彼《かれ》らの神《かみ》は彼《かれ》らの欲《よく》望《ぼう》であり、彼《かれ》らの栄《えい》光《こう》は彼《かれ》ら自《じ》身《しん》の恥《はじ》なのです。彼《かれ》らの思《おも》いは地《ち》上《じょう》のことだけです。 ピリピ 3:20 けれども、私たちの国《こく》籍《せき》は天《てん》にあります。そこから主《しゅ》イエス・キリストが救《すく》い主《ぬし》としておいでになるのを、私たちは待《ま》ち望《のぞ》んでいます。 ピリピ 3:21 キリストは、万《ばん》物《ぶつ》をご自《じ》身《しん》に従《したが》わせることのできる御《み》力《ちか》に《ら》よって、私たちの卑《いや》しいからだを、ご自《じ》身《しん》の栄《えい》光《こう》のからだと同《おな》じ姿《すがた》に変《か》えてくださるのです。 |
9月02日
ピリピ 4
| ピリピ 4:1 そういうわけですから、私の愛《あい》し慕《し》う《た》兄《きょう》弟《だい》たち、私の喜《よろこ》び、冠《かんむり》よ。どうか、このように主《しゅ》にあってしっかりと立《た》ってください。私の愛《あい》する人《ひと》たち。 ピリピ 4:2 ユウオデヤに勧《すす》め、スントケに勧《すす》めます。あなたがたは、主《しゅ》にあって一《いっ》致《ち》してください。 ピリピ 4:3 ほんとうに、真《しん》の協《きょう》力《りょく》者《しゃ》よ。あなたにも頼《たの》みます。彼《かの》女《じょ》たちを助《たす》けてやってください。この人《ひと》たちは、いのちの書《しょ》に名《な》のしるされているクレメンスや、そのほかの私の同《どう》労《ろう》者《しゃ》たちとともに、福《ふく》音《いん》を広《ひろ》めることで私に協《きょう》力《りょく》して戦《たたか》ったのです。 ピリピ 4:4 いつも主《しゅ》にあって喜《よろこ》びなさい。もう一度《ど》言《い》います。喜《よろこ》びなさい。 ピリピ 4:5 あなたがたの寛《かん》容《よう》な心《こころ》を、すべての人《ひと》に知《し》らせなさい。主《しゅ》は近《ちか》いのです。 ピリピ 4:6 何《なに》も思《おも》い煩《わずら》わないで、あらゆる場《ば》合《あい》に、感《かん》謝《しゃ》をもってささげる祈《いの》りと願《ねが》いによって、あなたがたの願《ねが》い事《ごと》を神《かみ》に知《し》っていただきなさい。 ピリピ 4:7 そうすれば、人《ひと》のすべての考《かんが》えにまさる神《かみ》の平《へい》安《あん》が、あなたがたの心《こころ》と思《おも》いをキリスト・イエスにあって守《まも》ってくれます。 ピリピ 4:8 最《さい》後《ご》に、兄《きょう》弟《だい》たち。すべての真《しん》実《じつ》なこと、すべての誉《ほま》れあること、すべての正《ただ》しいこと、すべての清《きよ》いこと、すべての愛《あい》すべきこと、すべての評《ひょう》判《ばん》の良《よ》いこと、そのほか徳《とく》と言《い》われること、称《しょう》賛《さん》に値《あたい》することがあるならば、そのようなことに心《こころ》を留《と》めなさい。 ピリピ 4:9 あなたがたが私から学《まな》び、受《う》け、聞《き》き、また見《み》たことを実《じっ》行《こう》しなさい。そうすれば、平《へい》和《わ》の神《かみ》があなたがたとともにいてくださいます。 ピリピ 4:10 私のことを心《しん》配《ぱい》してくれるあなたがたの心《こころ》が、このたびついによみがえって来《き》たことを、私は主《しゅ》にあって非《ひ》常《じょう》に喜《よろこ》びました。あなたがたは心《こころ》にかけてはいたのですが、機《き》会《かい》がなかったのです。 ピリピ 4:11 乏《とぼ》しいからこう言《い》うのではありません。私は、どんな境《きょう》遇《ぐう》にあっても満《み》ち足《た》りることを学《まな》びました。 ピリピ 4:12 私は、貧《まず》しさの中《なか》にいる道《みち》も知《し》っており、豊《ゆた》かさの中《なか》にいる道《みち》も知《し》っています。また、飽《あ》くことにも飢《う》えることにも、富《と》むことにも乏《とぼ》しいことにも、あらゆる境《きょう》遇《ぐう》に対《たい》処《しょ》する秘《ひ》訣《けつ》を心《こころ》得《え》ています。 ピリピ 4:13 私は、私を強《つよ》くしてくださる方《かた》によって、どんなことでもできるのです。 ピリピ 4:14 それにしても、あなたがたは、よく私と困《こん》難《なん》を分《わ》け合《あ》ってくれました。 ピリピ 4:15 ピリピの人《ひと》たち。あなたがたも知《し》っているとおり、私が福《ふく》音《いん》を宣《の》べ伝《つた》え始《はじ》めたころ、マケドニヤを離《はな》れて行《い》ったときには、私の働《はたら》きのために、物《もの》をやり取《と》りしてくれた教《きょう》会《かい》は、あなたがたのほかには一つもありませんでした。 ピリピ 4:16 テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは一度《ど》ならず二度《ど》までも物《もの》を送《おく》って、私の乏《とぼ》しさを補《おぎな》ってくれました。 ピリピ 4:17 私は贈《おく》り物《もの》を求《もと》めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収《しゅう》支《し》を償《つぐな》わせて余《あま》りある霊《れい》的《てき》祝《しゅく》福《ふく》なのです。 ピリピ 4:18 私は、すべての物《もの》を受《う》けて、満《み》ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈《おく》り物《もの》を受《う》けたので、満《み》ち足《た》りています。それは香《こう》ばしいかおりであって、神《かみ》が喜《よろこ》んで受《う》けてくださる供《そな》え物《もの》です。 ピリピ 4:19 また、私の神《かみ》は、キリスト・イエスにあるご自《じ》身《しん》の栄《えい》光《こう》の富《とみ》をもって、あなたがたの必《ひつ》要《よう》をすべて満《み》たしてくださいます。 ピリピ 4:20 どうか、私たちの父《ちち》なる神《かみ》に御《み》栄《さか》えがとこしえにありますように。アーメン。 ピリピ 4:21 キリスト・イエスにある聖《せい》徒《と》のひとりひとりに、よろしく伝《つた》えてください。私といっしょにいる兄《きょう》弟《だい》たちが、あなたがたによろしくと言《い》っています。 ピリピ 4:22 聖《せい》徒《と》たち全《ぜん》員《いん》が、そして特《とく》に、カイザルの家《いえ》に属《ぞく》する人《ひと》々《びと》が、よろしくと言《い》っています。 ピリピ 4:23 どうか、主《しゅ》イエス・キリストの恵《めぐ》みが、あなたがたの霊《れい》とともにありますように。 |
9月03日
コロサイ 1
| コロサイ 1:1 神《かみ》のみこころによる、キリスト・イエスの使《し》徒《と》パウロ、および兄《きょう》弟《だい》テモテから、 コロサイ 1:2 コロサイにいる聖《せい》徒《と》たちで、キリストにある忠《ちゅう》実《じつ》な兄《きょう》弟《だい》たちへ。どうか、私たちの父《ちち》なる神《かみ》から、恵《めぐ》みと平《へい》安《あん》があなたがたの上《うえ》にありますように。 コロサイ 1:3 私たちは、いつもあなたがたのために祈《いの》り、私たちの主《しゅ》イエス・キリストの父《ちち》なる神《かみ》に感《かん》謝《しゃ》しています。 コロサイ 1:4 それは、キリスト・イエスに対《たい》するあなたがたの信《しん》仰《こう》と、すべての聖《せい》徒《と》に対《たい》してあなたがたが抱《いだ》いている愛《あ》の《い》ことを聞《き》いたからです。 コロサイ 1:5 それらは、あなたがたのために天《てん》にたくわえられてある望《のぞ》みに基《もと》づくものです。あなたがたは、すでにこの望《のぞ》みのことを、福《ふく》音《いん》の真《しん》理《り》のことばの中《なか》で聞《き》きました。 コロサイ 1:6 この福《ふく》音《いん》は、あなたがたが神《かみ》の恵《めぐ》みを聞《き》き、それをほんとうに理《り》解《かい》したとき以《い》来《らい》、あなたがたの間《あいだ》でも見《み》られるとおりの勢《いきお》いをもって、世《せ》界《かい》中《じゅう》で、実《み》を結《むす》び広《ひろ》がり続《つづ》けています。福《ふく》音《いん》はそのようにしてあなたがたに届《とど》いたのです。 コロサイ 1:7 これはあなたがたが私たちと同《おな》じしもべである愛《あい》するエパフラスから学《まな》んだとおりのものです。彼《かれ》は私たちに代《か》わって仕《つか》えている忠《ちゅう》実《じつ》な、キリストの仕《つか》え人《びと》であって、 コロサイ 1:8 私たちに、御《み》霊《たま》によるあなたがたの愛《あい》を知《し》らせてくれました。 コロサイ 1:9 こういうわけで、私たちはそのことを聞《き》いた日《ひ》から、絶《た》えずあなたがたのために祈《いの》り求《もと》めています。どうか、あなたがたがあらゆる霊《れい》的《てき》な知《ち》恵《え》と理《り》解《かい》力《りょく》によって、神《かみ》のみこころに関《かん》する真《しん》の知《ち》識《しき》に満《み》たされますように。 コロサイ 1:10 また、主《しゅ》にかなった歩《あゆ》みをして、あらゆる点《てん》で主《しゅ》に喜《よろこ》ばれ、あらゆる善《ぜん》行《こう》のうちに実《み》を結《むす》び、神《かみ》を知《し》る知《ち》識《しき》を増《ま》し加《くわ》えられますように。 コロサイ 1:11 また、神《かみ》の栄《えい》光《こう》ある権《けん》能《のう》に従《したが》い、あらゆる力《ちから》をもって強《つよ》くされて、忍《にん》耐《たい》と寛《かん》容《よう》を尽《つ》くし、 コロサイ 1:12 また、光《ひかり》の中《なか》にある、聖《せい》徒《と》の相《そう》続《ぞく》分《ぶん》にあずかる資《し》格《かく》を私たちに与《あた》えてくださった父《ちち》なる神《かみ》に、喜《よろこ》びをもって感《かん》謝《しゃ》をささげることができますように。 コロサイ 1:13 神《かみ》は、私たちを暗《くら》やみの圧《あっ》制《せい》から救《すく》い出《だ》して、愛《あい》する御《み》子《こ》のご支《し》配《はい》の中《なか》に移《うつ》してくださいました。 コロサイ 1:14 この御《み》子《こ》のうちにあって、私たちは、贖《あがな》い、すなわち罪《つみ》の赦《ゆる》しを得《え》ています。 コロサイ 1:15 御《み》子《こ》は、見《み》えない神《かみ》のかたちであり、造《つく》られたすべてのものより先《さき》に生《う》まれた方《かた》です。 コロサイ 1:16 なぜなら、万《ばん》物《ぶつ》は御《み》子《こ》にあって造《つく》られたからです。天《てん》にあるもの、地《ち》にあるもの、見《み》えるもの、また見《み》えないもの、王《おう》座《ざ》も主《しゅ》権《けん》も支《し》配《はい》も権《けん》威《い》も、すべて御《み》子《こ》によって造《つく》られたのです。万《ばん》物《ぶつ》は、御《み》子《こ》によって造《つく》られ、御《み》子《こ》のために造《つく》られたのです。 コロサイ 1:17 御《み》子《こ》は、万《ばん》物《ぶつ》よりも先《さき》に存《そん》在《ざい》し、万《ばん》物《ぶつ》は御《み》子《こ》にあって成《な》り立《た》っています。 コロサイ 1:18 また、御《み》子《こ》はそのからだである教《きょう》会《かい》のかしらです。御《み》子《こ》は初《はじ》めであり、死《し》者《しゃ》の中《なか》から最《さい》初《しょ》に生《う》まれた方《かた》です。こうして、ご自《じ》身《しん》がすべてのことにおいて、第《だい》一のものとなられたのです。 コロサイ 1:19 なぜなら、神《かみ》はみこころによって、満《み》ち満《み》ちた神《かみ》の本《ほん》質《しつ》を御《み》子《こ》のうちに宿《やど》らせ、 コロサイ 1:20 その十《じゅ》字《うじ》架《か》の血《ち》によって平《へい》和《わ》をつくり、御《み》子《こ》によって万《ばん》物《ぶつ》を、御《み》子《こ》のために和《わ》解《かい》させてくださったからです。地《ち》にあるものも天《てん》にあるものも、ただ御《み》子《こ》によって和《わ》解《かい》させてくださったのです。 コロサイ 1:21 あなたがたも、かつては神《かみ》を離《はな》れ、心《こころ》において敵《てき》となって、悪《わる》い行《おこな》いの中《なか》にあったのですが、 コロサイ 1:22 今《いま》は神《かみ》は、御《み》子《こ》の肉《にく》のからだにおいて、しかもその死《し》によって、あなたがたをご自《じ》分《ぶん》と和《わ》解《かい》させてくださいました。それはあなたがたを、聖《きよ》く、傷《きず》なく、非《ひ》難《なん》されるところのない者《もの》として御《み》前《まえ》に立《た》たせてくださるためでした。 コロサイ 1:23 ただし、あなたがたは、しっかりとした土《ど》台《だい》の上《うえ》に堅《か》く《た》立《た》って、すでに聞《き》いた福《ふく》音《いん》の望《のぞ》みからはずれることなく、信《しん》仰《こう》に踏《ふ》みとどまらなければなりません。この福《ふく》音《いん》は、天《てん》の下《した》のすべての造《つく》られたものに宣《の》べ伝《つた》えられているのであって、このパウロはそれに仕《つか》える者《もの》となったのです。 コロサイ 1:24 ですから、私は、あなたがたのために受《う》ける苦《くる》しみを喜《よろこ》びとしています。そして、キリストのからだのために、私の身《み》をもって、キリストの苦《くる》しみの欠《か》けたところを満《み》たしているのです。キリストのからだとは、教《きょう》会《かい》のことです。 コロサイ 1:25 私は、あなたがたのために神《かみ》からゆだねられた務《つと》めに従《したが》って、教《きょう》会《かい》に仕《つか》える者《もの》となりました。神《かみ》のことばを余《あま》すところなく伝《つた》えるためです。 コロサイ 1:26 これは、多《おお》くの世《せ》代《だい》にわたって隠《かく》されていて、いま神《かみ》の聖《せい》徒《と》たちに現《あらわ》された奥《おく》義《ぎ》なのです。 コロサイ 1:27 神《かみ》は聖《せい》徒《と》たちに、この奥《おく》義《ぎ》が異《い》邦《ほう》人《じん》の間《あいだ》にあってどのように栄《えい》光《こう》に富《と》んだものであるかを、知《し》らせたいと思《おも》われたのです。この奥《おく》義《ぎ》とは、あなたがたの中《なか》におられるキリスト、栄《えい》光《こう》の望《のぞ》みのことです。 コロサイ 1:28 私たちは、このキリストを宣《の》べ伝《つた》え、知《ち》恵《え》を尽《つ》くして、あらゆる人《ひと》を戒《いまし》め、あらゆる人《ひと》を教《おし》えています。それは、すべての人《ひと》を、キリストにある成《せい》人《じん》として立《た》たせるためです。 コロサイ 1:29 このために、私もまた、自《じ》分《ぶん》のうちに力《ちから》強《づよ》く働《はたら》くキリストの力《ちから》によって、労《ろう》苦《く》しながら奮《ふん》闘《とう》しています。 |
9月04日
コロサイ 2
| コロサイ 2:1 あなたがたとラオデキヤの人《ひと》たちと、そのほか直《ちょく》接《せつ》私の顔《かお》を見《み》たことのない人《ひと》たちのためにも、私がどんなに苦《く》闘《とう》しているか、知《し》ってほしいと思《おも》います。 コロサイ 2:2 それは、この人《ひと》たちが心《こころ》に励《はげ》ましを受《う》け、愛《あい》によって結《むす》び合《あ》わされ、理《り》解《かい》をもって豊《ゆた》かな全《まった》き確《かく》信《しん》に達《たっ》し、神《かみ》の奥《おく》義《ぎ》であるキリストを真《しん》に知《し》るようになるためです。 コロサイ 2:3 このキリストのうちに、知《ち》恵《え》と知《ち》識《しき》との宝《たから》がすべて隠《かく》されているのです。 コロサイ 2:4 私がこう言《い》うのは、だれもまことしやかな議《ぎ》論《ろん》によって、あなたがたをあやまちに導《みちび》くことのないためです。 コロサイ 2:5 私は、肉《にく》体《たい》においては離《はな》れていても、霊《れい》においてはあなたがたといっしょにいて、あなたがたの秩《ちつ》序《じょ》とキリストに対《たい》する堅《かた》い信《しん》仰《こう》とを見《み》て喜《よろこ》んでいます。 コロサイ 2:6 あなたがたは、このように主《しゅ》キリスト・イエスを受《う》け入《い》れたのですから、彼《かれ》にあって歩《あゆ》みなさい。 コロサイ 2:7 キリストの中《なか》に根《ね》ざし、また建《た》てられ、また、教《おし》えられたとおり信《しん》仰《こう》を堅《かた》くし、あふれるばかり感《かん》謝《しゃ》しなさい。 コロサイ 2:8 あのむなしい、だましごとの哲《てつ》学《がく》によってだれのとりこにもならぬよう、注《ちゅう》意《い》しなさい。それは人《ひと》の言《い》い伝《つた》えによるもの、この世《よ》の幼《よう》稚《ち》な教《おし》えによるものであって、キリストによるものではありません。 コロサイ 2:9 キリストのうちにこそ、神《かみ》の満《み》ち満《み》ちたご性《せい》質《しつ》が形《かたち》をとって宿《やど》っています。 コロサイ 2:10 そしてあなたがたは、キリストにあって、満《み》ち満《み》ちているのです。キリストはすべての支《し》配《はい》と権《けん》威《い》のかしらです。 コロサイ 2:11 キリストにあって、あなたがたは人《ひと》の手《て》によらない割《かつ》礼《れい》を受《う》けました。肉《にく》のからだを脱《ぬ》ぎ捨《す》て、キリストの割《かつ》礼《れい》を受《う》けたのです。 コロサイ 2:12 あなたがたは、バプテスマによってキリストとともに葬《ほうむ》られ、また、キリストを死《し》者《しゃ》の中《なか》からよみがえらせた神《かみ》の力《ちから》を信《しん》じる信《しん》仰《こう》によって、キリストとともによみがえらされたのです。 コロサイ 2:13 あなたがたは罪《つみ》によって、また肉《にく》の割《かつ》礼《れい》がなくて死《し》んだ者《もの》であったのに、神《かみ》は、そのようなあなたがたを、キリストとともに生《い》かしてくださいました。それは、私たちのすべての罪《つみ》を赦《ゆる》し、 コロサイ 2:14 いろいろな定《さだ》めのために私たちに不《ふ》利《り》な、いや、私たちを責《せ》め立《た》てている債《さい》務《む》証《しょう》書《しょ》を無《む》効《こう》にされたからです。神《かみ》はこの証《しょう》書《しょ》を取《と》りのけ、十《じゅう》字《じ》架《か》に釘《くぎ》づけにされました。 コロサイ 2:15 神《かみ》は、キリストにおいて、すべての支《し》配《はい》と権《けん》威《い》の武《ぶ》装《そう》を解《かい》除《じょ》してさらしものとし、彼《かれ》らを捕《ほ》虜《りょ》として凱《がい》旋《せん》の行《ぎょう》列《れつ》に加《くわ》えられました。 コロサイ 2:16 こういうわけですから、食《た》べ物《もの》と飲《の》み物《もの》について、あるいは、祭《まつ》りや新《しん》月《げつ》や安《あん》息《そく》日《にち》のことについて、だれにもあなたがたを批《ひ》評《ひょう》させてはなりません。 コロサイ 2:17 これらは、次《つぎ》に来《く》るものの影《かげ》であって、本《ほん》体《たい》はキリストにあるのです。 コロサイ 2:18 あなたがたは、ことさらに自《じ》己《こ》卑《ひ》下《げ》をしようとしたり、御《み》使《つか》い礼《れい》拝《はい》をしようとする者《もの》に、ほうびをだまし取《と》られてはなりません。彼《かれ》らは幻《まぼろし》を見《み》たことに安《あん》住《じゅう》して、肉《にく》の思《おも》いによっていたずらに誇《ほこ》り、 コロサイ 2:19 かしらに堅《かた》く結《むす》びつくことをしません。このかしらがもとになり、からだ全《ぜん》体《たい》は、関《かん》節《せつ》と筋《すじ》によって養《やしな》われ、結《むす》び合《あ》わされて、神《かみ》によって成《せい》長《ちょう》させられるのです。 コロサイ 2:20 もしあなたがたが、キリストとともに死《し》んで、この世《よ》の幼《よう》稚《ち》な教《おし》えから離《はな》れたのなら、どうして、まだこの世《よ》の生《い》き方《かた》をしているかのように、 コロサイ 2:21 「すがるな。味《あじ》わうな。さわるな」というような定《さだ》めに縛《しば》られるのですか。 コロサイ 2:22 そのようなものはすべて、用《もち》いれば滅《ほろ》びるものについてであって、人《にん》間《げん》の戒《いまし》めと教《おし》えによるものです。 コロサイ 2:23 そのようなものは、人《にん》間《げん》の好《す》き勝《かっ》手《て》な礼《れい》拝《はい》とか、謙《けん》遜《そん》とか、または、肉《にく》体《たい》の苦《く》行《ぎょう》などのゆえに賢《かしこ》いもののように見《み》えますが、肉《にく》のほしいままな欲《よく》望《ぼう》に対《たい》しては、何《なん》のききめもないのです。 |
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